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東武小泉線成島レポート

これは、昨年の7月に東武小泉線成島駅で撮ったものです。

多々良沼に行くには、伊勢崎線の多々良だけでなく、この成島駅からも行けますね。

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駅前にはタヌキの置物がありました。

つまりこの駅は群馬県館林市にあることの象徴ですね。

所在地は群馬県館林市成島町字小蓋だそうです。
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無人駅ですね。

乗車するにはSUICAかPASMOをタッチですね。

私はフリー切符があったので、タッチしませんでしたが。

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館林行の10000系が来ました。

この電車で館林に戻りました。

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東松戸でスカイライナーを撮る

2ヶ月前に北総鉄道に乗りました。

その電車は東松戸でスカイライナーに追い抜かれました。

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暗くなってきたこともあって、シャッタースピードも落ちています。

ちょっとブレブレですいません。

 

正月早々、8000系リバイバルカラー車(8111編成)に乗る その2

元旦は柏→船橋間をあの東武8000系のリバイバルカラー車8111編成の急行に乗りました。

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高柳では各駅停車を追い抜きます。

こちらも8000系ですね。

東武野田線はまだまだ8000系が活躍していますね。

このような光景はあと、何年なのでしょう?

正月早々、8000系リバイバルカラー車(8111編成)に乗る その1

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

本日、東武野田線の柏駅であの8000系のリバイバルカラー車を撮りました。

しかも、急行運用です。

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懐かしい塗装ですね。

もう50年程前ですよね。

隣も8000系急行です。

8000系にとって、野田線での急行運用は最後の花でしょうか?

思えば吊り掛け車7000系も引退間際まで優等列車に運用されていましたよね。

多々良での850形同士の交換。こういう光景いつまで見られる?

これは東武伊勢崎線の多々良で撮ったものです。

800形同士の交換です。

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かつては、ここから北千住、浅草方面への直通電車に乗ることもできました。

でも、今は茂林寺前に行くにも館林で乗り換えですね。

小泉線、佐野線、桐生線には10000系が入っていますが、館林-伊勢崎間にはまだ入っていませんね。

たしかに10000系に3両編成はありませんからね。

いずれは10000系2両編成か4両編成に変わるのでしょうか?

それとも10000系を3両編成で運転できるように改造する?

多々良駅といえば、多々良沼の最寄り駅ですね。

館林からバスかタクシーで行く手もありますが。

冬になると白鳥も飛来するようですね。

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空港開業前の京成優等列車の停車駅

これは9月に京成の東中山で撮ったものです。

この時、東中山駅開業70周年を記念して、駅にかつての写真などが展示されていたのです。

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この当時の優等列車は特急と急行のみでした。

市川真間、国府台、堀切菖蒲園、町屋も急行停車駅でした。

曳舟、立石、谷津遊園は特急停車駅だったのに、今は各駅停車しか停まりません。

小岩、東中山も特急停車駅でしたが、今は快速しか停まりませんね。

ただ、今も競馬開催日には東中山に特急が臨時停車することもありますね。

 

当時の京成の優等列車はこまめに停まり過ぎていたのかな?

それとも、その当時はそれなりのニーズがあったのに、今はないのかな?

ただ、停まり過ぎて遅いゆえに、総武快速線や地下鉄東西線に客が流れたことも事実ですね。

減らして多少スピードアップして、回復したと見るべきかな?

たしかに70年代の京成には4両編成の優等列車も走っていました。

でも今の京成は優等列車は一部を除き8両編成。

4両編成は金町線だけですね。

ポツンと200系。あと何年使用される?

これは7月の中旬に東武伊勢崎線の館林で撮ったものです。

200系がポツンと停まっていました。

「回送」表示でした。

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これから検修を受けるのかな?それとも受けた後?

特急「りょうもう」号には500系リバティが使用されるようになりましたね。

200系「りょうもう」を見られるのはあと何年でしょうか?

地方の私鉄で引き取ってもらえるのでしょうか?

秩父鉄道の急行「秩父路」号用とか、長野鉄道の特急用はどうでしょうか?

 

蘇我に現れた新潟のEF81134。国鉄時代から、そして昭和、平成、令和と走り抜け

これは蘇我駅で撮ったものです。

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EF81134が停まっていました。

これって、新潟車両センター所属なのですね。

国鉄時代から走っている機関車なのですね。

昭和、平成、令和を走り抜けたベテラン機関車なのですね。

急行天の川も牽引したこともあるのですね。

http://n249dd.blog.fc2.com/blog-entry-1626.html

特急「はくつる」も牽引したこともあるのですね。

https://blog.goo.ne.jp/ks-ojitetsu/e/ce3348bca6d4f5ce3362e0b2d468d339

それにしても、何故千葉県まで来たのかなあ?

JR東日本 国鉄

東武和泉レポート その5

これは7月に東武伊勢崎線の東武和泉で撮ったものです。

普通伊勢崎行です。

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東武和泉では列車交換ができません。

上りも下りも同じホームを使います。

そして伊勢崎行と足利市で交換したのか上りの館林行がやってきました。

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かつてはこの東武和泉から浅草まで直通する電車もあったのに、今は茂林寺前に逝くにも館林駅で乗り換えなければいけません。

よくよく見たら、この電車801-1。つまり、800形のトップナンバーですね。

 

江戸川駅抜きで京成の歴史は語れず

写真は江戸川駅を通過する3000形の快速特急成田行です。

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江戸川には各駅停車しか停まりません。

でも、京成の歴史を語る上で、江戸川は欠かせないのですね。

京成が開業した当初、この江戸川駅が終着駅だったのですね。

開業当初は「伊予田」を名乗り、その後市川市ではないのに「市川」を名乗ったのですね。

というのはここで船に連絡して、江戸川の向こう岸の市川市に客を誘導していたからだそうですね。

江戸川橋梁が完成して、「江戸川」名乗り現在に至っているのですね。

この駅の住所も江戸川区北小岩3丁目。まさに江戸川区の駅ですね。

ちなみに「江戸川台」駅は東武野田線で、千葉県流山市にありますね。

「江戸川橋」駅は東京メトロ有楽町線で、東京都文京区にありますね。

 

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