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休日の8時20分頃、梅ケ丘ではJR車両の急行が特急車の追い抜きを

休日の8時20分頃、小田急線梅ケ丘駅で行われることです。

50000系の回送列車が緩行線を走って来て、この梅ケ丘に停車します。

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信号は赤です。暫く停まるのには理由があるのです。

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急行線の信号が青になりました。

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すると、JRのE233系2000番台の急行が追い抜くのです。

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このJR車両の急行による小田急の特急車回送列車の追い抜きも、代々木上原-梅ケ丘間の複々線区間が完成すると、見ることができなくなりますね。

右に分岐したら最後。もう、二度と戻れず。そこは北館林解体所。

先日、東武佐野線に乗りました。

写真は葛生行き先頭車から撮ったもので、渡瀬を出発し、次の停車駅である田島に向かうところです。

このまま真直ぐ行けば、田島、佐野を通り、葛生まで行き、また戻って来ます。

でも、右に分岐したらそれで最後。もう、二度と戻って来ることはありませんね。

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何故なら、そこは北館林解体所だからです。廃車が決まった車両は右に分岐して、あとは解体されるだけなのですね。

ただ、廃車ではなく、休車の車両は留置されるだけだから、戻れるのかな?例外でしょうけど。

1980年代1970年代の面影、梅ケ丘で8000系+3000系の快速急行を撮る

先日、梅ケ丘で8000系+3000系の快速急行を撮りました。

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白いボディーに水色の帯、8000系は1980年代に登場した車両ですが、1970年代をも思い出させる車両ですね。

かつての小田急の通勤車はこの塗装でしたから。

3000という形式番号ですが、かつて小田急を走っていた特急車SE車がこの形式番号でしたね。

これからの小田急は、通勤車には4桁、特急車には5桁の形式番号を付ける方針なのでしょうか?

南千住でJRの車内から東武20000系を撮る。この車両も今や追われる身になりましたね。

何やら、東武の20000系の中にも北館林で解体されるものが出てきたようですね。

https://www.youtube.com/watch?v=5bG6VfFg_2k

https://www.youtube.com/watch?v=WWblJonl7eI

2000系の後、東京メトロ日比谷線直通の車両として活躍してきましたが、これも70000系に追われる立場になったようですね。

先日、JR常磐線に乗り、南千住停車中に20000系が通るのを見掛けたので、撮りました。

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このような光景もだんだんと見られなくなるのですね。地方の中小私鉄で引き取ってもらえるところはないのでしょうか?

野田線の8000系よりは新しいから、6両編成化して野田線で生き残れる車両はないのでしょうか?

2両編成化で亀戸線や大師線で生き残るのは無理かな?

急行線を走る回送、緩行線を走る特急車の回送(梅ケ丘にて)

国士舘大学は今年で100周年なのですね。https://www.kokushikan.ac.jp/

当ブログは国士舘大学の関係者のみなさんに、お祝い申し上げます。

さて、先日雨の降った日、国士舘大学最寄り駅の梅ケ丘で撮り鉄を行いました。

これは4000系の回送です。急行線を飛ばします。

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1000系各駅停車を追い抜こうとしているおとろです。

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次にVSE50000系の回送です。緩行線をゆっくり、ゆっくり走り、梅ケ丘に停車しました。乗客扱いはしません。

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小田急の回送列車は急行線を走ったり、緩行線を走ったりするのですね。

「さちたに」「さちがや」と読むのではなく、「こうや」。幸谷で流鉄「流星」を撮る

JR新松戸は、常磐線と武蔵野線の乗換駅でもあると同時に、流鉄流山線との乗換駅でもありますね。

でも流鉄の駅は「新松戸」ではなく「幸谷」ですね。「さちたに」「さちがや」と読むのではなく、「こうや」と読むのですね。

先日、その幸谷で、流鉄の電車を撮りました。「流星」です。西武のお古車両ですね。

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だけど、JR新松戸駅の所在地が松戸市幸谷で、流鉄幸谷駅の所在地が松戸市新松戸なのですね。

かつては総武流山電鉄といっていた流鉄。つくばエクスプレスに客を奪われたけど、経営の方は大丈夫なのでしょうか?

拝島で停車中のホリデー快速。向こうには西武の30000系が。

3カ月前、青梅からホリデー快速おくたま号に乗りました。青梅から乗った時点も、拝島に着いた時点でも座れませんでした。

その上、拝島では「あきかわ」号と連結するために停車時間もあるので、停車中の様子を撮りました。

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向こうには八高線の209系も停まっています。今の八高線って、八川線と高高線に分割されたような運転形態ですね。

さらに向こうには西武の30000系が停まっていました。JRの車両と西武の車両が撮れるのも拝島の特徴ですね。

青梅でホリデー快速おくたま号を撮る。今年でもう46年の歴史

これは3か月前に撮ったものです。

青梅で撮ったホリデー快速おくたま号です。

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ホリデー快速といっても、東京-立川間は特別快速と同じ停車駅。青梅線内は青梅特快が各駅停車なのに対し、こちらは停車する駅の方が少ない。

でも、「ホリデー特快」とは言わないのですね。

この「ホリデー快速」は今でこそE233系で運転されているものの、かつては101系で運転された時代もありましたね。国鉄時代でしたね。201系で運転された時期もありましたが、何故か103系で運転されたことはないのですね。今年でもう、46年の歴史があるのですね。46年前の青梅線なら茶色の国電も走っていましたね。

JR東日本 国鉄

上越線電化70年。あの頃の優等列車はいまはなく・・・・・・・

上越線は今年で電化70年なのですね。

私にとって、上越線といえば、特急「とき」「新雪」、急行「佐渡」「ゆけむり」「草津」などの思い出、つまり国鉄時代からの思い出があります。

181系時代の特急「とき」の中には「163km/h」の記録のあるクハを連結していたこともありましたね。

また、181系特急「とき」は中央線の特急「あずさ」と共通運用だった時期もありました。

私は「あずさ」なのに、一部に「とき」のサボが入ったまま運用された列車を見たこともあります。

あと、上越線には北陸線直通の特急「はくたか」、羽越線直通の「いなほ」、夜行列車の「天の川」「北陸」「鳥海」の記憶もあります。

「北陸」は急行だった時代もありましたね。「鳥海」には昼行のディーゼル急行もありましたね。後に電車特急として走ったこともありましたね。「いなほ」も最初はディーゼル特急で「ひたち」と共通運用していましたね。

「出羽」「あけぼの」といった寝台特急が走ったのも過去の話。

あの頃走っていた優等列車はことごとく姿を消しましたね。

写真は2011年5月に大宮で撮ったものです。この光景を見た時、昔の上越線、すなわち特急「とき」急行「佐渡」が走っていた頃を思い出してしまいました。

なお、湘南色の車両は165系ではありません。

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185系です。

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JR東日本 国鉄 JR東日本 国鉄

牛田でスペーシア通過を撮る。この電車も登場して四半世紀を超えましたね。

先日、東武スカイツリーラインの牛田で、スペーシアの通過を撮りました。

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この電車も登場して四半世紀を超えましたね。

徐々に500系に運用を譲っていくのでしょうか?ただ、500系には個室がありません。ということは、スパーシアの後継車両は500系に非ずということでしょうか?

かつては、浅草-東武日光間ノンストップの特急もありましたが、今は全列車北千住、春日部、栃木、下今市に停まり、東京スカイツリーにも停まる便もありますね。

時代も変わりましたね。

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