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「パンの田島」西荻窪店で見る鉄を楽しんでみませんか?

中央線の西荻窪駅の北口からすぐのところに、「パンの田島」西荻窪店があります。

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先日、ここでパンとコーヒーの飲食をしました。

この「パンの田島」はドトール系列のようですね。

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座れた席にもよりますが、ここではパンとコーヒーを味わいながら見る鉄ができます。

但し、中央快速線の上り列車のみです。

中央総武緩行線や東京メトロ東西線はとてもじゃないけれど、見ることは出来ません。

それでも、パンとコーヒーの飲食をしながら見る鉄してみるのもいかがでしょうか?

撮り鉄も出来ないことはないけれど、タイミングが難しいです。

私が滞在していた時は、快速だけでなく、特急も見ることができました。

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JR東日本

三鷹に行ってみたかった。跨線橋から撮った三鷹車両センターの光景

2ヶ月前にJR東日本の三鷹車両センターの様子を見てきました。

下の写真は跨線橋から撮ったものです。

私が幼い頃、三鷹所属の電車は「東ミツ」と表示されていました。その後、「西ミツ」に代りました。

今は「八ミツ」ですね。「蜂蜜」ではありませんね。

三鷹ゆえに、中央・総武緩行線用の車両と、東京メトロ東西線用の車両がいますね。

あと、三鷹ではなく、松本所属のE353系も停泊してました。

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中には東京メトロの05N系も停まっていますね。もちろん、この三鷹車両センター所属ではありません。

今の三鷹車両センターには4種類のE231系が所属していますね。

0番台、500番台、800番台、900番台と。

そのうち800番台は東京メトロ東西線直通用、500番台は山手線からの転属車ですね。

国鉄時代は101系や103系が所属してましたね。

あと、中央東線用のスカ色の70系や115系も所属していました。

特急「あずさ」用の181系も停泊することもありました。

松本所属の165系が急行「アルプス」で上京し、三鷹でクハ1両を残して急行「かいじ」「かわぐち」の運用に入ることもありました。

三鷹も歴史の流れとともに変わっていきますね。

まだかなまだかなー。出番を待つ3700形快速高砂行き。まだ動けないのは・・・・・・

これは5ヶ月程前に京成佐倉で撮ったものです。

3700形が、下り線上にカーブを描いた状態で停まっています。

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佐倉発快速高砂行きとなるのです。高砂行きと言っても、高砂から先は各駅停車西馬込行きになるのです。

つまり、都営地下鉄浅草線に直通するのです。

この時はまだ動きたくても動けない状況です。

なぜならば、上りホームにはまだ、1本前の3000形快速羽田空港行きが停まっているからです。

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この電車が発車しないと、3700形の快速高砂行きも上りホームに入れません。

この電車は都営地下鉄浅草線だけでなく、京浜急行線にまで直通する電車ですね。

 

八王子で特急「かいじ」を撮る

2ヶ月前に八王子で撮りました。特急かいじ7号です。

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中央線の「かいじ」と言えば、かつては165系急行でした。

115系遜色急行の「かいじ」もありましたね。

国鉄時代の話ですね。

急行「かいじ」は本数を減らしていって、消滅したものの、その後JR東日本が攻めの経営に転じたのか、新宿発で見ると、8:30から23:00まで、一部の例外を除き、1時間に1本の割合で走っていますね。

 

 

京成には「区間快速」なる種別の列車はないけれど・・・・・・

5ヶ月程前に京成佐倉で撮ったものです。

佐倉を発車した都営5300形の快速高砂行きです。

でも、実際には都営地下鉄浅草線直通西馬込行きです。

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快速西馬込行きだと、押上から各駅停車になるのですが、この電車は高砂から各駅停車になるのです。

ある意味「区間快速」のようなものですね。

種別に「区間」が付くのは、関西私鉄のみと思いきや、今や東武や京王にはありますね。

小田急も一時的に「区間準急」があったけど。

でも、京成には「区間」という文字の付く種別は存在しません。

この光景もまもなく過去のものとなりますね。

5300形はまもなく5500形に交代するから。

私がこの世の人間でなくなった後、都営車には6000番台の形式番号の車両が登場するでしょうか?

お先に失礼の3030編成の特急上野行き

これは、5ヶ月程前に京成佐倉で撮ったものです。

先に佐倉駅上りホームに入っていた佐倉始発の快速より、後からホームに入って来たけど、先に発車する特急上野行きです。

3030編成でした。

成田空港~大佐倉間から乗車し、勝田台と八千代台を除くうすい~大久保間に行く人は快速に乗り換えたのでしょうね。

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10月26日以降の改正では特急と快速特急とが交互運転ですね。

違いは大佐倉~公津の杜を通過するかしないだけ。

上野~佐倉間は停車駅は同じですね。

京成

かつてはその日のうちに東京へ帰れなかった時間帯。「かがやき」518号で帰る

もう6ヶ月も前の話です。

10連休の内、1日だけ金沢への日帰り旅行を楽しみました。

帰路は金沢21時発の「かがやき」518号です。

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北陸新幹線に乗って見て、改めて隔世の感を覚えます。

かつては20時代の時点で金沢にいたら、もうその日のうち東京に帰ることはできませんでした。

早朝到着の夜行列車で帰るか、宿に泊まるしかなかったのです。

国鉄時代の1970年代前半は、長岡経由の急行「北陸」が2本と長野経由の急行「越前」がありました。

1975年に急行「北陸」の内1本が特急に格上げになり、残る1本は「能登」となりました。

上越新幹線が開業すると「越前」が廃止になりました。

国鉄が民営分割されると、JR東日本と西日本と2社にまたがって走る列車になりました。

特急「北陸」と急行「能登」は北陸新幹線開業まで走ると思いきや、開業前に廃止になってしまいましたね。

これはまだ乗車前の光景です。

金沢から上野行きの夜行列車で帰った遠い日を思い出しながら、私は「かがやき」518号で帰りました。

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これから5ヶ月後、北陸新幹線には大災難に遭いましたね。

台風で千曲川が氾濫し、長野の車両基地に停泊していた車両が冠水。

冠水した車両は廃車に追い込まれる羽目になり、JR東日本の痛手は大きいですね。

野田線8000系最後の花?急行大宮行きを撮る

先日、東武の柏で8000系の急行大宮行きを撮りました。

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東武の名車8000系も老朽化しているだけに、徐々に両数を減らしていますね。

東上線では特急に運用された8000系もありました。

伊勢崎線や日光線でも準急や快速に運用されたこともありました。

活動範囲も徐々に狭められていきます。

野田線でも与党第一党ではありません。

それでも急行に運用されることはありますね。

来年、船橋ー運河間でも急行運転が始まると、8000系も急行の運用に入ることもあるのでしょうか?

思えば「カステラ電車」の異名も付いた吊りかけ車7300系や7800系も引退間際まで優等列車に運用されていたけど。

個人的には最後の花として、船橋ー運河間でも 急行に運用させて最後の花を持たせたいですね。

当時は20分に1回、今は40分に1回。佐倉始発の快速が成田空港発の特急を先に行かせて

これは5ヶ月前に京成佐倉で撮ったものです。

佐倉始発の快速が、成田空港発の特急上野行きに先に道を譲るところです。

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この当時は、日中は20分に1回の割合で見られたい光景です。

10月26日の改正で40分に1回になりましたね。

その代わり、成田発の快速特急が成田空港発の快速を追い抜くことも40分に1回の割合で見られますね。

さて、この時、先に出発するのは3000形の特急上野行きです。

後発は都営5300形の快速高砂行きです。

でも、西馬込行きです。

快速としての運転が高砂までで、高砂から西馬込までは各駅停車です。

5300形もだんだんと5500形に代りますね。

 

京成佐倉で撮った三形式揃い踏み(3700,3000,都営5300)

昨日から大相撲九州場所が始まっていますが、千秋楽では三役揃い踏みが見られますね。

5ヶ月程前、京成臼井ー京成佐倉間で撮り鉄を楽しみました。

そして、佐倉で三役揃い踏みならぬ、三形式揃い踏みを取れました。

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左から3700形、3000形、都営5300形です。

3700形は佐倉止まりの快速として都営浅草線西馬込からやってきました。

折り返し西馬込行きになるのですが、何故か「回送」を表示していました。

3000形は特急成田空港行きです。佐倉からは各駅停車ですね。

都営5300形は高砂行き。都営車なのに、都営線に帰れない?と思いきやさにあらず、高砂から各駅停車西馬込行きになるのですね。

都営5300形もいずれは5500形に代りますね。

5000形時代から記憶している者としては、まさに時の流れを感じます。

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