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2021年3月

映画「男はつらいよ」と言えば、やっぱり柴又。京成柴又駅も。

映画「男はつらいよ」と言えば、葛飾区の柴又ですね。

京成の柴又駅もその場面になったこともありますね。

先日、柴又に行ったら、駅には「男はつらいよ」のポスターや映画の場面の写真が飾られていました。

これは柴又駅の上りホームで撮ったものでしょうね。

2021032802-1

これには、あの赤電が映っていますね。

2021032802-2

第6作は1971年とのこと。

となれば3500形もまだ登場していない頃ですね。

初代3000系は3300形が1971年に製造が終わったので、その時期ですね。

映っているのは、初代3000か3100か3200か3300かはわかりませんが。

こちらは柴又に到着した3600形。

2021032802-3

3600形が登場したのは1982年。

この年は第29作、30作が上映されたのですね。

 

185系って、特急だけでなく、普通列車にも使用されていましたね。

引退してしまった185系ですが、この車両は登場当初から特急だけでなく、普通列車にも使用されていましたね。

暫定的ながら急行にも使用されていた時期もありましたね。

それゆえか、当初は特急車としては疑問も持たれていましたが。

写真は2013年に撮ったものです。

2021032801

普通列車伊東行きに運用された時のものです。

伊東で折り返す時は、特急「踊り子」としての運用だったそうですが。

それにしても、国鉄時代から約40年弱。

長く持ちましたね。

国鉄 JR東日本

 

 

 

秩父鉄道の電気機関車も観光客呼び寄せのために

この2つは、2年前に秩父鉄道で撮ったものです。

秩父鉄道の電気機関車はセメント輸送に重要な役割を担っていますね。

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2021032702-2

秩父鉄道には蒸気機関車C58363がありますが、こちらは臨時の旅客列車牽引のみですね。

定期で運転されることはありません。

普段は貨物列車牽引をしている電気機関車も時には臨時旅客列車を牽引するのですね。

しかも夜行列車です。

日本旅行と秩父鉄道との共同企画の12系客車+重連電気機関車で編成された客車夜行急行列車「重連電機・12系客車 夜行急行『三峰51号』熊谷行の旅」を実施されるのですね。

5月8日の22:44に熊谷を出発し、三峰口まで行くと、一旦秩父に戻り、また三峰口に行き、その後5:31に熊谷に戻ってくるツアーだそうです。

秩父鉄道の電気機関車も観光客呼び寄せのための役割も果たせるのですね。

確かに色が茶色だったら、かつての国鉄の箱形電気機関車、例えばEF15を縮小したような形に見えますしね。

 

工事中、かつ日出学園最寄り駅の菅野でベテラン3500形を撮る

京成の菅野は優等列車は停まりません。

隣の京成八幡は特急停車駅です。

先日、菅野でベテラン3500形を撮りました.

各駅停車津田沼行きです。

2021032701-1

この車両も半世紀近く、京成線を走っていますね。

今でこそないけど、かつては都営地下鉄浅草線や京浜急行にも直通運転していました。

京成の車両製造計画によっては、3500形も風前の灯火?

ただ、コロナウイルス感染拡大の影響による減収減益の影響で、車両の新製はここ数年は少数でしょうか?

ところで、菅野駅は工事中なのですね。

何の工事かと思ったら、バリアフリー化対応とのこと。

確かにこの駅はされていませんでした。鬼越もまだなのですね。

そしてこの駅は私立日出学園の最寄り駅でもあるのですね。

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東中山もかつては特急停車駅だった

1ヶ月前、京成の東中山で3858編成の特急を撮りました。

3858と言っても、3800形ではありませんね。

これも3700形の仲間ですね。

2021032602

この電車ももう、ベテラン車両ですね。

さて、これは特急は東中山には停まりません。

かつては、この駅も特急停車駅でした。

東中山以外にも谷津、小岩、立石、曳舟も特急停車駅でした。

でも、今は通過駅です。

谷津、立石、曳舟は今や各駅停車しか停まりません。

ただ、東中山は競馬場開催日には臨時に停まるのもあったけど、コロナウイルス感染拡大の影響で、当面はそれもない?

鎌ケ谷市制公園のD51385。幹線で活躍したそうですね。

東武野田線、北総鉄道、新京成の乗り換え駅でもある新鎌ケ谷駅から東に15分程歩いたところに、鎌ケ谷市制公園があります。

http://www.city.kamagaya.chiba.jp/sisetsu/park/shiseikinen.html

その鎌ケ谷市制公園には蒸気機関車が展示されています。

それは

D51385です。

2021032601

この機関車は東海道線、山陽線、常磐線などで活躍したそうですね。

この線区では優等列車はC62やC59、C61等が牽引していたから、貨物牽引が多かったのかな?

色も褪せてきて、錆も目に付きますね。

手入れするのにもお金が掛かりますからね。

国鉄

 

まるで兄弟か従兄弟のよう。新京成80000形と京成3100形

1ヶ月前に撮ったものです。

左は京成津田沼で撮った新京成80000形、右は京成高砂で撮った3100形です。

2021032301

塗装は違えど、似てますねえ。

まるで兄弟か従兄弟のよう。

確かに共同設計だそうですね。

でも、機器の仕様は違うそうです。

そりゃそうでしょうね。

走行する線区も役割も違いますからね。

3100形の場合、成田スカイアクセスを走るし、都営地下鉄浅草線や京浜急行も走りますからね。

今後の新京成80000形と京成3100形の増備計画はどうなのでしょうか?

だけど、新京成って、「8」にこだわりがありますね。

8000,8800,8900,N800,そして80000形と。

京成も3000番台にこだわりがあるのでしょうか?

かつては1500,1600,2000,2100形というのも走っていたけど。

東武の200系もう30年!「200型就役30周年記念乗車券」を発売!

早いものですね。

東武の200系が就役30周年なのですね。

https://www.tobu.co.jp/news/2343/

登場した当初は急行「りょうもう」として運転されていたけど、「りょうもう」号が全て200系化されたら特急格上げになりましたね。

私も急行時代に乗車したことがあります。

特急になってからも何度かあります。

佐野の厄除け大師にお参りに行った時、帰路に乗車したこともあります。

だけど、200系って実は1700系、1720系からの改造だったのですね。

250系のみが完全な新製車なのですね。

だけど、この車両ももう30年。

すでに201編成は北館林で解体されたそうですね。

残りの車両もあと何年走っていられるのだろう?

写真は2020年6月に館林で撮ったものです。

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京成柴又と「男はつらいよ」と光本幸子さん

1ヶ月前に柴又に行きました。

京成柴又駅には渥美清さんが主演した「男はつらいよ」のポスターが貼られていました。

そうですね。「男はつらいよ」の車寅次郎は、柴又で生まれ育ったという設定でしたね。

この京成柴又駅もこの映画のシーンになったことがありましたね。

これは第一作目です。

2021032101-1 

この時のマドンナ役は光本幸子さんでした。

2021032101-2

鉄道マニアの私にとっては、光本幸子といえば、1972年に放映された「大いなる旅路」の砂田美弥役のイメージの方が断然大きいですね。

このドラマでは20代の娘から84歳のおばあちゃん役まで演じました。

でも、当の光本幸子さんは69歳で逝去してしまいました。

「大いなる旅路」での砂田美弥のように、せめて84歳までは生きていてほしかったです。

もし、今生きていたら77歳ですね。

http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-a371.html

これは柴又駅での交換風景です。

2021032101-3

「男はつらいよ」が上映されていた時代は、まだ金町線に3600形は入ってきませんでしたね。

レッドアロークラシック、ついに運転終了なのですね。4月29日に。

西武鉄道の10000系レッドアロークラシックも、ついに運転終了なのですね。

最終運転は4月29日だそうです。

https://www.tetsudo.com/event/32245/

https://www.seiburailway.jp/news/news-release/2020/20210319_rac.pdf

思えば、この塗装になったのが2011年11月でしたね。

これは2011年12月に西武新宿駅で撮ったものです。

 

2021032002-1

2021032002-2

5000系の記憶のある者としては、何とも懐かしさを感じてしまいました。

一時的な塗装かな?と思いきや、9年半もこの塗装だったのですね。

これは2019年2月に撮ったものです。

乗った電車が正丸で交換したのです。

結構ブレています。

2021032002-3

2021032002-4

引退後、どこか中小私鉄で引き取ってくれるところはあるのでしょうか?

秩父鉄道の急行「秩父路」号にはどうでしょうか?

長野電鉄や富山地方鉄道はどうでしょうか?

それとも東南アジアの国は?

本当に長い間、お疲れ様でしたと言いたいです。

 

昔は新鎌ケ谷に駅はなかった。東武は1999年までなかった。

先日、新鎌ケ谷に行く用事がありました。

これは、東武野田線の新鎌ケ谷駅で撮ったものです。

おおよそ、23年前以上29年前以下の新鎌ケ谷の様子ですね。

2021032001-1

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つまり、北総鉄道と新京成の駅はあったものの、東武の駅がなかった時代の新鎌ケ谷ですね。

北総は1991年、新京成は1992年に新鎌ケ谷駅を開業したのに、東武は開業していませんでした。

東武が新鎌ヶ谷駅を開業したのは1999年だったのですね。

新鎌ケ谷駅開業前、東武と新京成は、鎌ケ谷駅と初富駅との間、徒歩13分程で乗り換えでしたね。

住民や鎌ケ谷市の要望で、東武も新鎌ケ谷駅を開業させましたね。

3社の乗り換えとなり、新鎌ケ谷も賑わうようになりましたね。

新京成には優等列車は走っていないけど、北総鉄道には走っています。

その北総鉄道の優等列車、アクセス特急も特急も新鎌ケ谷に停まります。

昨年から全線で急行運転を始めた東武野田線ですが、急行は新鎌ケ谷に停まりますね。

かつて駅さえなかった時期に、誰が今の新鎌ケ谷駅を予測できたでしょうか?

 

日本の鉄道技術の評価!日立製作所がワシントン首都圏交通局に地下鉄車両を最大800両納入する契約!

常磐線には特急「ひたち」が走っていますね。

途中停車駅には日立がありますね。

そして、日本には日立製作所という立派な企業もありますね。

日立製作所は鉄道車両も製造していますね。

ウィキペディアによると、

国鉄時代はもちろんのこと、

JR各社、東武、西武、京王、東京メトロ、

阪急、沖縄都市モノレールなど、

いろいろな鉄道会社の車両製造の実績がありますね。

その日立製作所がアメリカのワシントン首都圏

交通局に地下鉄車両を最大で800両納入する契約を結んだのですね。

契約金額は最大で22億ドル(約2398億円)で、

2024年に最初の車両を納入する予定だそうです。

https://www.sankeibiz.jp/business/news/210317/bsc2103172238012-n1.htm

https://www.jiji.com/jc/article?k=2021031701341&g=eco

https://www.nikkei.com/article/DGXZQODZ1794M0X10C21A3000000/

素晴らしいことです!

日本の鉄道技術が外国に評価されるということは!

新鎌ケ谷でもSL大樹の宣伝

先日、新鎌ケ谷に行く用事がありました。

新鎌ケ谷もまた、東武鉄道の駅の一つですね。

だから、SL大樹号の宣伝も、しっかり行っていますね。

2両のSLが並んだポスターと

2021031701-1

C11207の模型。

2021031701-2

やはり、東武鉄道としても、SL大樹目当ての観光客を増やしたいですよね。

SLを2両にしたことで、どれだけ客を呼び込めているのでしょうか?

採算は取れているのでしょうか?

コロナウイルス渦の影響もあると思うけど。

コロナウイルス渦もいったいいつになったら、終息するのやら。

 

 

 

 

ベテラン8000系急行の通過を撮る。2023年まで走れる?

1ヶ月ほど前に塚田に行く用事がありました。

ベテラン8000系の急行が通過するところを撮りました。

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2021031601-2

北館林に行くまでの最後の務めですね。

思えば、吊り掛け車7000系も東上線や伊勢崎線では、引退間近まで優等列車に運用されていましたね。

8000系は東武史上の名車ですね。

8000系は1963年から1983年まで、20年間にわたって製造されたのですね。

1983年製のものでも40年弱の歳月が過ぎているのですね。

となれば、2023年まで走らせたい気もします。

大師線や亀戸線だけでなく、野田線にもリバイバルカラー車も走らせてほしい気もしますね。

東武引退後、地方私鉄で引き取ってくれるところはあるのでしょうか?

難しいかな?

その差、半世紀弱!高砂で撮った新旧の並走

1ヶ月前に京成高砂で撮ったものです。

3500形の普通うすい行きと、3100形のアクセス特急成田空港行きです。

青砥ー高砂間は複々線なので、このように同じ方向の列車が並走するところを撮ることができますね。

2021031501

3500形が登場したのは、1972年。

3100形は2019年。

その差何と47年、半世紀弱の差!

3500形は京成初のステンレス使用車であり、京成初の冷房付き通勤車でした。

ただ、当時は地下鉄線内では冷房を停めざるを得なかったのですね。

トンネル内の温度上昇防止のため。

あと、3500形が登場した時は、初代3100形の赤電もバリバリ活躍していた時代でしたね。

京成としては、3000番台の形式番号をサイクリックに使っていくのでしょうか?

私がこの世の人間を引退した後には2代目3500形が走るようになるかなあ?

京成 都営地下鉄浅草線

柴又での交換3景。3500,3600以外の車両が入るのはいつ?

京成金町線は柴又-金町間は単線ですね。

そのため、柴又では上り下りの交換が行われます。

これまでに何度かその光景を撮ったことがあるので、掲載します。

これは今では見ることのできない3300形の交換です。

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これは3500形同士。

2021031402-3

そしてこれは1ヶ月前に撮ったものですが、3600形と3500形。

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それにしても、3500形と3600形、あと何年走れるのでしょうか?

意外と3600形の方が先に消える?

だけど、3500形や3600形が引退したら、何形が入るのでしょうか?

3400か3700?

いずれにしても4両編成化しなければいけませんね。

それもいつになるのでしょうか?

引退した車両と間もなく引退する車両

185系が引退してしまいましたね。

これは1ヶ月前に品川で撮ったものです。

2021031401

総武快速線にホームに停まっているはE217系。

こちらも引退時期がそう遠くないですね。

既に一部は廃車になりましたが。

他線流用は無理なのかなあ?

185系は秩父鉄道の急行秩父路号用に使ってほしい気もするけど、無理かな?

あの急行秩父路号は、たまにロングシート車が急行運用に入って料金を取ることがあるけど。

今でこそ、東海道線と横須賀線は別々の線路を走っているけど、1980年9月30日までは東京-大船間は同じ線路を走っていましたね。

あの時は東海道線も横須賀線も113系。塗装は異なりましたが。

伊豆へ行く優等列車も153系急行伊豆と183系特急「あまぎ」でした。

これらの車両に替わって登場した車両も別の車両に替わられることになりました。

電車も時の流れと共に変わっていきますね。

JR東日本 国鉄

 

新京成80000形が直通運転列車に運用される日は?

1ヶ月ほど前、京成津田沼で新京成の80000形を撮りました。

80000形の撮影は初めてです。

2021031302

新京成には10000形から70000形という形式の車両はないのに、5桁台の型式番号はいきなり80000なのですね。

何やら京成の3100形に似ているなあ?と思ったら、もともと京成と共同設計なのですね。

ただ、京成の3100形とは一部機器の仕様が異なるようですが。

この車両、津田沼ー千葉中央間でも見られるのかな?と思いきや、何故か京成直通には使用しないのですね。

えーっ?何で直通できないように製造したの?

と思いきや、できないのではなく、当面しないということで、いずれは直通列車にも充当する予定なのですね。

まずは自社線内で正常に走れることを充分検証してからというか、実績を持ってから直通運転開始ということでしょうか?

そのゴーサインはいつかな?

【さようなら185系】湘南色に塗装した185系も走っていたことがありましたね

185系もついに引退しました。

ところで、これは165系でも169系でもありません。

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これも185系です。

湘南色に塗装した185系も走っていたことがありましたね。

2011年5月に大宮で撮ったものです。

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グリーン車の帯も付いていました。

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185系だとわかっていても、165系、169系を彷彿させますね。

この写真を撮った場所が大宮だったこともあり、かつて高崎線を走った急行「佐渡」「ゆけむり」「妙高」「信州」などを思い出しました。

遠い日の国鉄時代のことですね。

JR東日本 国鉄

東中山で3本の3000形同時撮影

2ヶ月前に京成の東中山で撮ったものです。

この駅では列車の追抜きが行われますね。

この時は3000形3本を同時撮影出来ました。

下りの3000形普通を追い抜こうとしているのは3000形特急です。

上りホームも特急通過待ちで停車中の3000形普通です。

今の京成は3000形が与党第一党ですね。

この光景はまさにそれを象徴するものですね。

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東中山はかつては特急停車駅。

でも、今は通過。

1970年代は八千代台発特急東中山行きという電車も走っていたことがありました。

都営地下鉄浅草線からの電車がこの駅で折り返していたこともありました。

でも、今はこの東中山を始発駅にする電車も終着駅にする電車もありませんね。

 

 

【さようなら185系】房総半島も走ったこともあった185系

ついに185系が引退ですね。

一つの時代が終わりですね。

185系といえば、特急「踊り子」のイメージが一番大きいですね。

そもそも185系が登場するまでは「踊り子」という愛称名の列車はありませんでしたね。

伊豆半島には特急「あまぎ」と急行「伊豆」が走っていましたね。

185系は伊豆半島には定期列車として走っていたけど、臨時で房総半島を走ったこともありました。

これは2016年3月に蘇我で撮ったものです。

「南房総満喫」号という臨時快速でした。

202103120101_

ご参考↓↓↓↓↓↓ ↓↓↓ ↓↓↓ ↓↓↓ 

http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-d7f5.html

JR東日本 国鉄

3800番台でも3700形。京成中山で快速西馬込行きを撮る

2ヶ月ほど前、中山法華経寺最寄り駅の京成中山で3700形の快速西馬込行きを撮りました。

3848編成でした。

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2021031002-2

車両番号が3800でも3800形とは言いませんね。

これも3700形の仲間ですね。

同形式の7次車ですね。

1次車とは10年の差もあり、あと15~20年は使えそうでしょうか?

京成線のみならず、都営地下鉄浅草線、京浜急行線、北総鉄道、そして成田スカイアクセスにも入線できますね。

ただ、8両編成ゆえに千葉線や千原線、金町線には入れませんね。

将来、老朽化してきて、短編成化されて、これらの線区に入線する可能性はありかな?

3500形や3600形も数を減らした今、この車両もベテランの仲間ですね。

 

ほらほーら、黄色いアクセス特急

先日、京成高砂で3600形のリバイバルカラー車を撮りましたが、その隣には黄色い京急1000形のアクセス特急が停まっていました。

下の3枚はその黄色い京急1000形のアクセス特急が高砂を発車するところです。

こうやって見ると、西武の2000系か9000系と間違えそうですね。

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3枚目はブレてしまいましたが。

これから成田スカイアクセス線に入っていきますね。

アクセス特急の場合、京浜急行、都営地下鉄、京成、北総鉄道、千葉ニュータウン鉄道、成田空港高速鉄道と6社に跨がって走りますね。

 

京成高砂でリバイバルカラーの3600形を撮る

京成の3600形も、あっという間に両数を減らしましたね。

今や6両編成1本と4両編成1本しか残っていないのですね。

つい最近まで、優等列車でバンバン活躍していたと思っていたけど、今は各駅停車のみですね。

先日、京成高砂でリバイバルカラーの3600形の上野行き普通を撮りました。

隣には京急車のアクセス特急が停まっていました。

2021030801-1

そういえば、8両編成の3600形は、先頭車が制御車ゆえに京急には入れなかったのですね。

この車両が活躍できるのはあとどのくらい?

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E217系もあっという間にいなくなる?

これは1ヶ月前に撮ったJR東日本の幕張車両センターの光景です。

国鉄時代は幕張電車区と言っていましたね。

E217系が停まっています。

2021030701

かつては113系や183系もいましたが、今は1両も見当たりません。

113系の取って代わったのはE217系。

でも、そのE217系もまもなくE235系に取って代わられますね。

JR東日本のことだから、代える時にはあっという間に代えるかな?

すでにE235系は営業運転に入っている車両もありますね。

来年の今頃にはE217系を1両たりとも見られない?

これも時の流れですね。

E235系の引退前に私がこの世の人間を引退しているかな?

国鉄 JR東日本

潮見駅前での喫煙者による濃厚接触

JR京葉線の潮見駅は東京都江東区潮見二丁目にありますね。

西口を出ると、一見、公園かな?と思える光景。

木は植えられていますね。

駅発着のバスやタクシーにとっては、ロータリーの機能を果たす場所。

でも、そこは嫌煙者には近寄りがたい所?

何故なら喫煙所があるから。

先日、潮見に用事があったので、同駅で下車したのですが、喫煙所に7,8人男性が集まって会話をしていました。

喫煙するので、当然、マスクは外しますね。

えーっ、大勢で集まって、マスクを外しての会話?

まさに濃厚接触じゃない!

マスクしたまま喫煙はできないし、大丈夫?

ここからコロナウイルスが感染拡大しない?

ちょっと、そんな不安な気持ちも生じました。

もう、特急「踊り子」の自由席車には乗れないのですね。

185系もいよいよ終わりですね。

先日、大船→東京間を185系特急「踊り子」に乗りました。

2021030501-1

乗った車両は修善寺発の付属編成のサハ185。

でも、隣のモハのモーター音がよく聞こえてきますね。

そしてこの車両は自由席車。

今度の改正で自由席車はなくなるのですね。

2021030501-2

「特急がきたから飛び乗っちゃおう、特急券なんか、あとから買えばいい」

ということもできなくなる・・・・・・、というわけではないけど、

それをすれば、料金を多めに払うことになる。

検札する車掌さんの手間を少なくするにはいいのでしょうけど。

ちょっと寂しいものもあります。

それにしても、国鉄時代から走っていた185系特急「踊り子」、同じ車両を使って、よく40年程持ったものです。

かつては急行「伊豆」と「おくいず」、その後157系特急「あまぎ」が入り、その「あまぎ」が183系に代わり、「おくいず」が「伊豆」に統合され、「あまぎ」と「伊豆」を統合する形で登場した185系特急「踊り子」(183系「踊り子」も存在していた時期もありましたが)。

この度、この電車も引退。

時の流れですね。

国鉄 JR東日本

都営地下鉄5500形快速の通過と5000形時代からの思い出

2ヶ月前に中山法華経寺最寄り駅の京成中山で都営地下鉄5500形の快速の通過を撮りました。

2021030202

京成と言えば、公営交通と相互乗り入れを始めた最初の私鉄でもありますね。

1960年代70年代は、都営車の車両は各駅停車ばかりでした。

朝夕のラッシュ時のみですが、この京成中山から浅草橋、西馬込方面に直通する電車に乗れることもありました。

でも、今はそのような列車はありませんね。

5000形からの思い出がある者としては、5200,5300そして5500と見ることができてよかったと思います。

5500形の後継車が出るまでに私はこの世の人間を引退しているかもしれないけど。

幕張で、今や遅しとばかりに待機中のE131系

いよいよE131系の営業運転が近付いてきましたね。

これは1ヶ月程前に撮ったものです。

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幕張車両センターで今や遅しと言わんばかりに待機中のE131系です。

ただ、営業運転区間は木更津-安房鴨川ー上総一ノ宮間と、佐原-鹿島神宮間で、千葉発着の列車には運用されないようですね。

そこまでわざわざ回送運転ですか。

確かに千葉近辺で2両だと輸送力不足でしょうね。

だけど、2×2の4両編成や2×3の6両編成での運用で対応できないのでしょうか?

209系の車両状態によって、今後も増備されるのでしょうか?

209系もかれこれ30年程経ってますね。

となれば4両編成や6両編成のE131系も製造されることもあり得る?

それともあくまで2両が基本で、需要に応じて2×2の4両編成から2×5の10両編成までの対処する?

JR東日本としての計画はどうなのだろう?

思えば房総地区はかつてはディーゼルカーや蒸気機関車牽引の列車が走っていました。

あれは国鉄時代でしたね。

この幕張車両センターも国鉄時代からの基地ですね。

かつては183系、113系、165系がいました。

そして「113」の数字の十の位と一の位が入れ替わったE131系の登場。

あの時代ではE131系のような電車が走るとは想像できませんでしたね。

柴又での3600形と3500形の交換光景

先日、京成金町線の柴又で3600形と3500形の交換光景を撮りました。

金町線の場合、柴又-金町間は単線なので、このような光景が見られますね。

3600形もいよいよ追われる身。

もしかすると、3500形より先になくなるでしょうか?

3600形の優等列車が快走していたのは、つい最近のように思えたけど、もはや風前の灯火でしょうか?

3500も3600もかつては都営地下鉄浅草線にも直通運転していましたね。

金町線もかつては上野や押上に行く電車もありましたが、今は高砂-金町間を行ったり来たりですね。

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さようなら 185系特急「踊り子」

これは1ヶ月ほど前に品川で撮ったものです。

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185系特急「踊り子」もいよいよ終焉ですね。
思えば、約40年もこの車両で続いたのですね。
登場したのはまだ国鉄時代でしたね。

急行「伊豆」を特急に格上げし、特急「あまぎ」も「踊り子」に改称する形でしたね。
当時は183系の「踊り子」も存在していましたね。

登場当時の185系は特急車としての資格を疑問視されていましたね。
関西の人の中には
「東京はアコギや。新快速の車両を特急に使うのやから」
と、言っていた人もいたとかいう話も聞きました。
にも関わらず、185系は「白根」(後に「草津」)、「あかぎ」「なすの」「たにがわ」(後に「水上」)へと拡大されたり、中央線の臨時特急「はまかいじ」にも使われたりもしました。

その後、座席は改善されましたけどね。


あと、この車両は普通列車にも使われましたね。
私も185系の普通列車に乗ったこともありました。

JR東日本 国鉄

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