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2020年9月

小田急昔の準急、今の準急

小田急線の代々木上原-梅ヶ丘間の複々線化が未完成だったころ、区間準急という優等列車なのか否かわからないような種別がありました。

そして今の小田急線の準急も優等列車なのか否かわからないような存在ですね。

何故なら複々線区間を特急や急行と同じ線路を走るのではなく、各駅停車と同じ線路を走るから。

写真は梅ヶ丘で撮ったJRのE233系の準急成城学園前行きです。

経堂からは各駅停車ですね。

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新宿ー向ヶ丘遊園間の準急の停車駅がほぼ同じだった時代(経堂に停まるか停まらないかの違い。その経堂も朝夕は通過。東京メトロ千代田線直通準急も通過)を知る者としては、格が落ちたようにも思えるし、沿線住民のニーズにこまめに応えるようになったようにも思えますね。

そして今、新宿発着の準急はないのですね。東京メトロ千代田線に直通するものだけですね。

小田急としても、どうすれば利用客のニーズに応えられるのかをいろいろ試行した結果というべきでしょうか?

あと、1960年代には快速準急とかいう種別の列車も走っていた記憶があります。

E235系に追われた後、生き残れるE217系はどのくらい?

これは2ヶ月前に本八幡で撮ったものです。

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113系を置き換えたE217系もいよいよ置き換えられる番ですね。

70系が走っていた横須賀線の時代、すなわち国鉄時代から記憶している者としては、本当に時の流れを感じますね。

後継車両のE235系も練習運転に入っているそうですね。

来年の春から本格的に営業運転でしょうか?

JR東日本って、車両を入れ替える時は、あっという間に入れ替えるから、こういう光景が過去のものになるのも数年以内でしょうか?

E217系の中にもまだ他線で使えそうな車両もあるのではないでしょうか?

211系よりは新しいからその置き換えに使えるでしょうか?

外国に譲渡できそうなものもあるのでは?

地方私鉄で引き取ってくれるところはあるのでしょうか?

E235系に追われた後、生き残れる車両はどのくらいでしょうか?

梅ヶ丘で小田急の伝統的お家芸編成を撮る(1000+3000)

これは1ヶ月弱前に梅ヶ丘で撮ったものです。

1000形と3000形の異形式の併結運転の各駅停車新宿行きです。

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この両者、製造されたのが12、3年ほど差がありますね。

1000形はかつては東京メトロ千代田線にも直通運転していましたね。今は地上専用車ですが。

3000形は元々地上専用車ですね。

3000形は小田急にとっては2代目。初代は特急ロマンスカーでしたね。

小田原、箱根湯本方面と藤沢、片瀬江ノ島方面の急行が新宿ー相模大野間を併結運転していたのは昔の話。

それがなくなっても、小田急の伝統的お家芸でもある異形式の併結運転はまだまだ残っていますね。

疫病退散祈願後の京成3700形撮影

京成八幡駅から徒歩5,6分のところに葛飾八幡宮があります。

何やら平安時代からの歴史があるそうです。

その葛飾八幡宮に「疫病退散」ののぼりが立っていました。

2ヶ月前、この葛飾八幡宮でコロナウイルスという疫病退散祈願をした後、京成の3700形を撮りました。

これは特急成田空港行き。

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先頭に「3841」の数字が見えますが、3800形ではありませんね。

3800番台も3700形の仲間ですね。

🌕

こちらは特急上野行きです。

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3700形は都営地下鉄浅草線や京浜急行にも直通運転できますね。

 

 

17000系に追われた後の7000系は?インドネシア?地方私鉄?廃車?

これは東京メトロ有楽町線の新木場で撮ったものです。

7000系も1,2年以内でなくなるのですね。

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東京メトロだけでなく、西武池袋線や東武東上線にも直通運転しましたね。

この後継車は17000系ですね。

https://www.tetsudo.com/report/264/

7000系の仲間の中にはインドネシアで活躍しているのもあるのですね。

17000系に追われた後、インドネシア等の外国に譲渡される車両はどのくらいでしょうか?

日本国内の地方私鉄に譲渡されるのはどのくらいでしょうか?

やむなく解体される場合は北館林でしょうね。

東武東上線経由で寄居まで回送され、秩父鉄道経由で伊勢崎線の羽生に出て、そこから北館林かな?

長い間、お疲れ様でしたと言いたいです。

 

日中の快速特急。京成八幡にて

これは2ヶ月前に京成八幡で撮ったものです。

快速特急成田行きです。

3028編成です。

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快速特急と特急の違いは佐倉ー成田間ノンストップか各駅停車かの違いですね。

以前は日中は快速特急を見ることができませんでした。

でも、今は40分に1本の間隔で見ることができますね。

だけど、京成は快速特急、特急、通勤特急、アクセス特急と「特急」と名の付く種別が4つもあるのに、急行はなく、快速があるのですね。

北総鉄道には急行はありますが、今の京成にはなんで急行はダメなのかなあ。

秋山川氾濫で流された橋

栃木県佐野市には秋山川が流れています。

これは2018年11月に撮ったものです。

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これは2020年6月に撮ったものです。

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よく見ると、橋が両端を残して、なくなっていますね。

昨年の台風19号で流されたのでしょうね。

昨年の台風19号で秋山川が氾濫し、佐野市内も大きな被害を受けたとは聞いていたけど、橋をも流してしまう程だったのですね。

これは斜めから撮ったものです。

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これは橋の片側から撮ったものです。

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これは1,2枚目とは反対側から撮ったものです。

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これらは6月の時のものです。

今はどうなっているのでしょうか?

普段は流れ穏やかな秋山川も台風が来れば、怖い存在なのですね。

やっぱり3050形も3000形の仲間だよなあ・・・

これは、2ヶ月前に京成八幡で撮ったものです。

3000形の特急が来たな、と思いました。

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でも3050形でした。3051編成でした。

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かつては青いラインの塗装だったのに、今や3000形と同じ塗装ですね。

というか、3050形も3000形の仲間、3000形の7次車ですね。

ただ、それまでが他の3000形と異なり、今は同じ塗装になったゆえに、

やっぱり3050形も3000形の仲間だよなあ・・・

と感じた次第です。

1970年代の名残。京成八幡で3500形を撮る

2ヶ月前に京成八幡で撮りました。

3500形の各駅停車上野行きです。

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3500形は70年代の京成の象徴ですね。

京成にとっては、初のステンレス使用車、初の冷房搭載の通勤車ですね。

ただ、当初は地下鉄線内では冷房を切らざるを得ませんでしたね。

あのころは吊り掛け車の青電も走っていました。

初代3000形の赤電も走っていました。

そして70年代の京成といえば、倒産の危機すらあった程の苦しい時期でもありました。

この車両も数を減らしていますね。

かつては都営浅草線や京浜急行まで直通運転していましたが、今は京成線内のみですね。

あとどのくらい走っていられるのでしょうか?

JRE233系に気を取られていたら、VSEが

これは梅ヶ丘で撮ったものです。

JRのE233系が入ってきたので撮りました。

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ところが、これに気を取られていたら、VSE・50000形が通過しました。

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そして抜いて行きました。

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JRの車両が小田急線を走るようになって、もう4年経ちますね。

小田急の4000形もJR常磐線を走りますね。

かつてはJR-東京メトロ-小田急と3社に跨がって運転できるのは、東京メトロ車だけでしたね。

京成の車両が都営浅草線を経由して京浜急行まで直通できる、

京急の車両も都営浅草線を経由して京成まで直通できる、

東武の車両が東京メトロ半蔵門線を経由して東急まで直通できる、

東急の車両も東京メトロ半蔵門線を経由して東武まで直通できる、

東武・西武の車両が東京メトロ副都心線を経由して東急まで直通できる、

東急の車両も東京メトロ副都心線を経由して東武・西武まで直通できる。

このような状況に影響されてか、JR東日本も小田急も3社直通できないか、長年検討と問題解決を繰り返してきた結果でしょうか?

初めて5000形を撮る。梅ヶ丘にて

先日、初めて小田急の5000形を撮りました。

場所は梅ヶ丘です。

急行新宿行きに運用されていたところです。

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5000形は2代目ですね。

ちょっと東京メトロ東西線の07系に似ているようにも見えますが、この車両は東京メトロには直通運転はできませんね。

今の小田急で東京メトロ千代田線に直通運転するのは4000形ですね。

今後、小田急として5000形の増備計画はどのようになっているのでしょうか?

5000形の増備は8000形か1000形の廃車を意味するのかな?

小田原市にはかつて路面電車も走っていたのですね

これは2年前半前に小田原城の天守閣から撮ったものです。

小田急もMSE60000形とJR東海道線のE233系を同時に撮りました。

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ただ、小田急60000形の映っているところは、箱根登山鉄道の区間ですね。

ところで、この小田原市にはかつて路面電車が走っていたのですね。

箱根登山鉄道軌道線と言っていたそうです。

東洋経済オンラインの鉄道最前線に載っていました。

https://toyokeizai.net/articles/-/373022

東海道線は丹那トンネルが開通するまでは、御殿場経由でした。鉄道が通らないことで街が衰退することを恐れた小田原と箱根湯本の有力者が発起人となり、小田原馬車鉄道(国府津―小田原―湯本) を設立したところから始まるのですね。

でも、戦後自動車が増えた影響で1956年5月31日に廃止になったそうで、その後車両は長崎に引き取られたそうです。

それで、最近この時の車両の里帰りプロジェクトが発足し、小田原市に帰ってくるそうです。

詳しくは、上記urlをクリックしてご覧ください。

6月某日、佐野厄除け大師にはツツジがきれいに咲いていました

これは3ヶ月前に佐野厄除け大師で撮ったものです。

その厄除け大師には、ツツジがきれいに咲いていました。

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ツツジと言えば、40年程前に群馬県館林市のつつじヶ丘公園のツツジを観に行ったこともあります。

でも、この栃木県佐野市の厄除け大師のツツジもきれいですね。

また機会があったら、ツツジの咲く頃に佐野の厄除け大師に行ってみたいものです。

厄除け大師はJR両毛線と東武佐野線の佐野駅からでも、東武の佐野市駅からでも歩いていけますね。

行きは佐野市で下車して帰りは佐野から帰る、またはその逆もいいかも。

5500形はアゴ長だなあ・・・・・・

これは2ヶ月前に京成八幡で撮ったものです。5500形の快速西馬込行きです。

5000形時代からの都営地下鉄浅草線の車両の記憶がある者としては、電車も世につれ変わってきたものだと思います。

かつて、京成に直通する都営地下鉄の車両は東中山までしか乗入れず、各駅停車のみでした。

今はこれは2ヶ月前に京成八幡で撮ったものです。5500形の快速西馬込行きです。

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5000形時代からの都営地下鉄浅草線の車両の記憶がある者としては、電車も世につれ変わってきたものだと思います。

かつて、京成に直通する都営地下鉄の車両は東中山までしか乗入れず、各駅停車のみでした。

今は成田空港まで乗入れるし、高砂以東の京成本線内を走るのは優等列車しかありませんね。

それにしても、この5500形、何だかアゴが長く見えますねえ。

佐野市には金山神社と金色に輝く麗水観音像があるから・・・・・・

昨年の台風19号で、秋山川が氾濫し、栃木県佐野市も大きな被害を受けました。

私もほんの僅かな金額ながら、郵便局から災害義援金をふりこんだけど、どのくらい集まったのでしょうか?

その佐野市には山神社があります。

また、厄除け大師には 色に輝く麗水観音像があります。

しかも、この麗水観音、一度盗難に遭ったのに、盗んだ人の良心が咎めたのか、奇跡的に戻ってきたのですね。

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義援金がどのくらい集まったのかは知らないけど、これからも佐野市に少しでも多くの金が集まり、災害に強い町作りができればいいと思います。

私もこの日、佐野市で買い物をしたので、微々たるものとはいえ、佐野市内で金を落しました。

佐野市駅からさーのって

東武佐野線の下り電車が田島を出発すると、次は佐野市ですね。

この駅をJR両毛線の乗り換え駅と勘違いする人がいるようで、車内放送でも違いますよ的な案内をしますね。

これは佐野市に到着した850形の葛生行き。

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これは佐野市駅舎。

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ところで、この佐野市には生活路線バス「さーのって」号なるものが走っているのですね。

佐野市駅前というバス停もあります。

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梅ヶ丘で東京メトロ16000系急行向ヶ丘遊園行きを撮る

東京メトロ千代田線から小田急に直通する電車は、かつては準急本厚木行きしかありませんでした。

でも、今は種別も急行や各駅停車もあります。

行き先も多様です。

先日、梅ヶ丘で東京メトロ16000系の急行向ヶ丘遊園行きを撮りました。

6000系はもう過去の車両ですね。

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向ヶ丘遊園は閉園になっているのに、駅名はまだ残っているのですね。

京成の谷津遊園は閉園になって、駅名も谷津になったけど。

 

3700形もそろそろベテランの域

これは2ヶ月前に京成八幡で撮った3700形です。

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今や京成も3500形や3600形も風前の灯火。

この3700形もそろそろベテランの域ですね。

1991年に製造されたのが来年30年目を迎えますね。

京成線内だけでなく、都営地下鉄浅草線や京浜急行にも直通運転しますね。

それから、北総鉄道にリースされている車両もありますね。

あと10年前後は走れるでしょうか?

 

 

東武佐野線の佐野市駅ならではの光景

東武佐野線の佐野市駅は、佐野市上台町にありますね。

これは、3ヶ月前に佐野市駅で撮ったものです。

850形の葛生行きです。

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これも8000系の仲間。いつまで走っていられるのでしょうか?

何やら10000系も入り始めているようですね。

この佐野市駅、JR両毛線の乗り換えと勘違いする人もいるそうですね。

十年ほど前に、実際にそういう人を見かけたことがあったけど、今もいるのかな?

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そして、この佐野線。一日1往復ながら特急「りょうもう」が入ってきますね。

「200」と書いてあるのは停車位置表示でしょうか?

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だけど、佐野線に6両は過剰ですね。500系リバティ化して、3両を館林で切り離して、3両編成で入線させるのはどうなのでしょうか?

あと、何と言ってもこの駅は佐野厄除け大師の最寄り駅でもありますね。

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これを思うと、「佐野市」駅は、「佐野大師」という駅名の方がいいかな?

京浜急行にも「川崎大師」という駅もあるし。

いや、それだと西新井の「大師前」とややこしくなるかな?

となれば「佐野厄除」という駅名がいいかな?

阪急には「門戸厄神」という駅はあるけど……。

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