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2019年11月

我孫子→上野間、グリーン車の車窓から3社の撮り鉄

1ヶ月程前です。

我孫子→上野間をE531系のグリーン車に乗車しました。

座ったところは2階席の進行方向右の窓側です。

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その車窓から他社の車両を撮りました。写りはよくないのですが。

まずは、東京メトロ千代田線の16000系です。6000系の後継車として、板についてきましたね。

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これは松戸停車中に撮った小田急の4000系です。

JR車が小田急を走るようになり、小田急車がJR東日本を走る。

時代は変わりましたね。

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日暮里に着いたら、京成の上りホームにスカイライナーが到着しました。

柵やホームドアなどで見にくいですいが、一応京成のスカイライナーとわかるのではないでしょうか?

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我孫子→上野間でちょっとした撮り鉄を楽しめたひと時でした。

西永福にての撮り鉄。急行が来たかと思えば、すぐに各駅停車が

4ヶ月ほど前に井の頭線の西永福で撮ったものです。

急行吉祥寺行きが通過して間もなく、各駅停車吉祥寺行きが来ました。

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井の頭線の場合、上りも下りも永福町で急行が各駅停車を追い抜きますね。

永福町で急行に先を譲った各駅停車も、長々と停車することはせず、1,2分後には発車しますからね。

井の頭線も京王電鉄の仲間ですね。

今井の頭線を走っているのは1000系ですが、これは2代目。

私は初代1000系が走っていた時代から記憶しています。

既に3000系も走っていた時代ですが。

思えば3000系は北陸鉄道、上毛電鉄、松本電鉄、岳南鉄道、伊予鉄道に譲渡されたのもありますね。

 

205系500番台と都営地下鉄10ー300系、京王8000系

2ヶ月前に橋本で撮りました。

これは相模線の205系500番台です。

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相模線にディーゼルカーが走っていたのは28年前。

つまりこの205系500番台も、もう30年近い歳月がたってのですね。

橋本で接続する横浜線は205系は既に一掃されました。

この電車もいつまで走れるのでしょうか?

そして橋本といえば、京王線との乗換駅ですね。

京王線は橋本を出ると、カーブしてJRの線路の上を跨ぎます。

これは、よく見たら京王の車両ではなく、都営車ですね。都営新宿線の10-300系。

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これは京王8000系。

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橋本はタイミングよければ、JR東日本の車両と京王または都営地下鉄の車両とを同時に撮れるのですね。

地下鉄千代田線の常磐線乗り入れも干支が4周。再来年、50周年のイベントは何かあるの?

1ヶ月前に我孫子で撮った東京メトロ16000系です。

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思えば地下鉄千代田線が常磐線に乗り入れるようになって、48年の歳月、つまり干支が4周回ったのですね。

再来年は50周年になりますね。

あっという間でしたね。

50周年のイベントは何かないのでしょうか?

当時は千代田線は営団地下鉄で、常磐線は国鉄でした。

今は東京メトロとJR東日本ですね。

千代田線が乗り入れるようになって、常磐線は快速運転を始めましたね。

当初は何故か快速は柏に停まりませんでしたね。

綾瀬にも停めるべきだとの声もあったけど、結局実現ないまま今日に至っていますね。

恐らく今後もないでしょうか。

高校時代、千代田線で通ってくる同級生がいたけど、

「6000系は乗り心地が一番いい。103系は最低だ」

と言っていました。

その6000系も103系1000番台も過去のものとなりましたね。

今は小田急の車両がJR東日本に乗り入れ、JR東日本の車両が小田急に乗り入れるようになりましたね。

鉄道も時代とともに大きく変わりました。

22時を過ぎた長野。現在走っている「かがやき」とかつて走っていた急行「妙高」

これは6ヶ月弱前に撮ったものです。

ぼやけた画像ですいません。

北陸新幹線の「かがやき」518号の車窓から撮った長野駅の光景です。

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かがやき518号の長野発車は22時08分です。

北陸新幹線開業前にこの時間に長野にいたら、その日のうちに東京に帰れることはあり得ませんでした。

この時間に長野にいたら、夜行の急行妙高で帰らなければいけませんでした。

急行妙高は国鉄時代から走っていましたね。

寝台車を連結した客車急行の妙高も走っていました。

そんな時代も遠い昔の話ですね。

何か新幹線の偉大さを感じてしまいます。

JR東日本

柏ならでは撮れる光景。この時は東武の8000系、JRの657系、E531系とを同時に

1ヶ月ほど前に柏で撮ったものです。

東武の8000系、JRの657系、E531系とを同時に撮れました。

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タイミングによりけりですが、柏ならでは撮れる光景ですね。

つまりこの時は東武とJR東日本の車両を同時に撮れたのです。

あと、この柏では、これもタイミングに左右されますが、東武と東京メトロ、東武と小田急の車両の同時撮影もできますね。

しつっこいようですが、タイミングが合えばの話ですが。

運試し的に柏で複数社の車両の同時撮影を狙いに来てみたいですか?

そういえば常磐線の北千住-我孫子間は1971年に複々線化されたけど、その時は柏には快速が停まらなかったのですね。

翌1972年に停まるようになったのですね。

あと、常磐線のEF80牽引の客車列車は普通列車でも柏は通過だったのですね。

でも今は特急も停まる駅になりましたね。

台風19号佐野市災害支援義援金を振り込みました

写真は栃木県佐野市を流れる秋山川です。

穏やかな流れの川に見えます。

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でも台風が来れば別ですね。

今年の10月の台風19号で氾濫したのですね。

これまで厄除け大師のお参りやラーメン、いもフライ等を目当て等何度か訪れたことのある佐野市が被害を受けたことに心を痛めています。

今から27年前、私は仕事がうまくいかなくて、栃木県佐野市に旅行に出掛け、厄除け大師にお参りしました。

即効ではなかったものの、徐々にもっとやり甲斐のある仕事を担当できるようになりました。

生活も好転しました。

厄除け大師の御利益ではないかと思えるのです。

それゆえに、本日義援金を振り込みました。

わずかな金額ですが。

台風19号佐野市災害支援義援金については、こちらをご覧ください。

https://www.city.sano.lg.jp/topics/info/in191018-06.html

思えば、佐野市にある厄除け大師の麗水観音は、一度盗難に遭ったのに、奇跡的に戻ってきたのですね。

佐野市の災害復旧も、何か奇跡的な良いことが起きることを祈りたいものです。

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3030編成の快速羽田空港行きより3026編成の特急上野行き

これは5ヶ月程前に京成佐倉で撮ったものです。

上りホームには3000形が並んだのですが、下の写真はわかりにくいですよね。

だから黄色の矢印を付けています。

こちらは3035編成の快速羽田空港行き。

つまり都営地下鉄浅草線と京浜急行線に直通する電車ですね。

この電車より先に特急上野行きが発車します。

その特急上野行きは矢印を付けたところを見てください。

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こちらは3026編成の特急上野行きです。

矢印が付いているのは、後発の快速羽田空港行きです。

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2003年から2018年にかけて製造された3000形。

もう増備されることはありませんね。

これから増備されるのは3100形ですね。

 

生まれたときから横浜線用。E233系6000番台

これは2ヶ月前に八王子で撮ったものです。

横浜線のE233系6000番台ですね。

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横浜線については、72系時代からの記憶があります。

国鉄時代から横浜線は他線のお古をあてがわれていたけど、E233系6000番台は製造された時から横浜線ですね。

この前は205系だったけど、少しずつ置き換えていくかと思いきや、あっという間に全部置き換えてしまいましたね。

これがJR東日本のやり方なのかな?

橋本では京王線、町田では小田急、長津田と菊名では東急、新横浜では新幹線と乗り換えができる横浜線。

この線の果たす役割は大きいですね。

それゆえ、他線のお古よりも新製車両を投入するのが相応しい、と考えたのかな?

快速も走っていますね。

臨時ながら特急はまかいじも走ったことがありましたね。

 

佐倉で3026編成を見て思ったこと

5ヶ月程前に京成佐倉で撮った3026編成の特急上野行きです。

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3000形の場合、3002編成から3025編成までは6両編成として製造されました。

でも、3026編成は8両編成ですね。

3026~3042編成までは8両編成の方が多数派になりましたね。

8両編成だと、優等列車に運用されることが殆どですね。

思えば3026編成以降は、3000形の優等列車を見る確率が格段にアップしましたね。

3026編成 が出るまで、「3000形は各駅停車専用車」という見方まではしていなかったものの、各駅停車専用車として製造された「ように」 思えていました。

でも、3026編成が登場してから、

やっぱり3000形は各駅停車専用車ではなかった」

と、改めて思い直しました。

3026編成もかれこれ6年の歳月が過ぎました。

ただ、この3000形ももう増えることはありませんね。

これからは3100形が製造されるから。

京成としては、通勤者の型式番号は3000番台をサイクリックに使っていくのでしょうか?

私がこの世の人間でなくなった後、2代目3500形とか、3代目3000形が走るようになるかな?

そういえば、3900形というのは現れていないですね。

なお、この記事は3050番台の編成を外した観点で書きました。

「パンの田島」西荻窪店で見る鉄を楽しんでみませんか?

中央線の西荻窪駅の北口からすぐのところに、「パンの田島」西荻窪店があります。

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先日、ここでパンとコーヒーの飲食をしました。

この「パンの田島」はドトール系列のようですね。

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座れた席にもよりますが、ここではパンとコーヒーを味わいながら見る鉄ができます。

但し、中央快速線の上り列車のみです。

中央総武緩行線や東京メトロ東西線はとてもじゃないけれど、見ることは出来ません。

それでも、パンとコーヒーの飲食をしながら見る鉄してみるのもいかがでしょうか?

撮り鉄も出来ないことはないけれど、タイミングが難しいです。

私が滞在していた時は、快速だけでなく、特急も見ることができました。

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JR東日本

三鷹に行ってみたかった。跨線橋から撮った三鷹車両センターの光景

2ヶ月前にJR東日本の三鷹車両センターの様子を見てきました。

下の写真は跨線橋から撮ったものです。

私が幼い頃、三鷹所属の電車は「東ミツ」と表示されていました。その後、「西ミツ」に代りました。

今は「八ミツ」ですね。「蜂蜜」ではありませんね。

三鷹ゆえに、中央・総武緩行線用の車両と、東京メトロ東西線用の車両がいますね。

あと、三鷹ではなく、松本所属のE353系も停泊してました。

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中には東京メトロの05N系も停まっていますね。もちろん、この三鷹車両センター所属ではありません。

今の三鷹車両センターには4種類のE231系が所属していますね。

0番台、500番台、800番台、900番台と。

そのうち800番台は東京メトロ東西線直通用、500番台は山手線からの転属車ですね。

国鉄時代は101系や103系が所属してましたね。

あと、中央東線用のスカ色の70系や115系も所属していました。

特急「あずさ」用の181系も停泊することもありました。

松本所属の165系が急行「アルプス」で上京し、三鷹でクハ1両を残して急行「かいじ」「かわぐち」の運用に入ることもありました。

三鷹も歴史の流れとともに変わっていきますね。

まだかなまだかなー。出番を待つ3700形快速高砂行き。まだ動けないのは・・・・・・

これは5ヶ月程前に京成佐倉で撮ったものです。

3700形が、下り線上にカーブを描いた状態で停まっています。

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佐倉発快速高砂行きとなるのです。高砂行きと言っても、高砂から先は各駅停車西馬込行きになるのです。

つまり、都営地下鉄浅草線に直通するのです。

この時はまだ動きたくても動けない状況です。

なぜならば、上りホームにはまだ、1本前の3000形快速羽田空港行きが停まっているからです。

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この電車が発車しないと、3700形の快速高砂行きも上りホームに入れません。

この電車は都営地下鉄浅草線だけでなく、京浜急行線にまで直通する電車ですね。

 

八王子で特急「かいじ」を撮る

2ヶ月前に八王子で撮りました。特急かいじ7号です。

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中央線の「かいじ」と言えば、かつては165系急行でした。

115系遜色急行の「かいじ」もありましたね。

国鉄時代の話ですね。

急行「かいじ」は本数を減らしていって、消滅したものの、その後JR東日本が攻めの経営に転じたのか、新宿発で見ると、8:30から23:00まで、一部の例外を除き、1時間に1本の割合で走っていますね。

 

 

京成には「区間快速」なる種別の列車はないけれど・・・・・・

5ヶ月程前に京成佐倉で撮ったものです。

佐倉を発車した都営5300形の快速高砂行きです。

でも、実際には都営地下鉄浅草線直通西馬込行きです。

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快速西馬込行きだと、押上から各駅停車になるのですが、この電車は高砂から各駅停車になるのです。

ある意味「区間快速」のようなものですね。

種別に「区間」が付くのは、関西私鉄のみと思いきや、今や東武や京王にはありますね。

小田急も一時的に「区間準急」があったけど。

でも、京成には「区間」という文字の付く種別は存在しません。

この光景もまもなく過去のものとなりますね。

5300形はまもなく5500形に交代するから。

私がこの世の人間でなくなった後、都営車には6000番台の形式番号の車両が登場するでしょうか?

お先に失礼の3030編成の特急上野行き

これは、5ヶ月程前に京成佐倉で撮ったものです。

先に佐倉駅上りホームに入っていた佐倉始発の快速より、後からホームに入って来たけど、先に発車する特急上野行きです。

3030編成でした。

成田空港~大佐倉間から乗車し、勝田台と八千代台を除くうすい~大久保間に行く人は快速に乗り換えたのでしょうね。

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10月26日以降の改正では特急と快速特急とが交互運転ですね。

違いは大佐倉~公津の杜を通過するかしないだけ。

上野~佐倉間は停車駅は同じですね。

京成

かつてはその日のうちに東京へ帰れなかった時間帯。「かがやき」518号で帰る

もう6ヶ月も前の話です。

10連休の内、1日だけ金沢への日帰り旅行を楽しみました。

帰路は金沢21時発の「かがやき」518号です。

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北陸新幹線に乗って見て、改めて隔世の感を覚えます。

かつては20時代の時点で金沢にいたら、もうその日のうち東京に帰ることはできませんでした。

早朝到着の夜行列車で帰るか、宿に泊まるしかなかったのです。

国鉄時代の1970年代前半は、長岡経由の急行「北陸」が2本と長野経由の急行「越前」がありました。

1975年に急行「北陸」の内1本が特急に格上げになり、残る1本は「能登」となりました。

上越新幹線が開業すると「越前」が廃止になりました。

国鉄が民営分割されると、JR東日本と西日本と2社にまたがって走る列車になりました。

特急「北陸」と急行「能登」は北陸新幹線開業まで走ると思いきや、開業前に廃止になってしまいましたね。

これはまだ乗車前の光景です。

金沢から上野行きの夜行列車で帰った遠い日を思い出しながら、私は「かがやき」518号で帰りました。

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これから5ヶ月後、北陸新幹線には大災難に遭いましたね。

台風で千曲川が氾濫し、長野の車両基地に停泊していた車両が冠水。

冠水した車両は廃車に追い込まれる羽目になり、JR東日本の痛手は大きいですね。

野田線8000系最後の花?急行大宮行きを撮る

先日、東武の柏で8000系の急行大宮行きを撮りました。

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東武の名車8000系も老朽化しているだけに、徐々に両数を減らしていますね。

東上線では特急に運用された8000系もありました。

伊勢崎線や日光線でも準急や快速に運用されたこともありました。

活動範囲も徐々に狭められていきます。

野田線でも与党第一党ではありません。

それでも急行に運用されることはありますね。

来年、船橋ー運河間でも急行運転が始まると、8000系も急行の運用に入ることもあるのでしょうか?

思えば「カステラ電車」の異名も付いた吊りかけ車7300系や7800系も引退間際まで優等列車に運用されていたけど。

個人的には最後の花として、船橋ー運河間でも 急行に運用させて最後の花を持たせたいですね。

当時は20分に1回、今は40分に1回。佐倉始発の快速が成田空港発の特急を先に行かせて

これは5ヶ月前に京成佐倉で撮ったものです。

佐倉始発の快速が、成田空港発の特急上野行きに先に道を譲るところです。

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この当時は、日中は20分に1回の割合で見られたい光景です。

10月26日の改正で40分に1回になりましたね。

その代わり、成田発の快速特急が成田空港発の快速を追い抜くことも40分に1回の割合で見られますね。

さて、この時、先に出発するのは3000形の特急上野行きです。

後発は都営5300形の快速高砂行きです。

でも、西馬込行きです。

快速としての運転が高砂までで、高砂から西馬込までは各駅停車です。

5300形もだんだんと5500形に代りますね。

 

京成佐倉で撮った三形式揃い踏み(3700,3000,都営5300)

昨日から大相撲九州場所が始まっていますが、千秋楽では三役揃い踏みが見られますね。

5ヶ月程前、京成臼井ー京成佐倉間で撮り鉄を楽しみました。

そして、佐倉で三役揃い踏みならぬ、三形式揃い踏みを取れました。

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左から3700形、3000形、都営5300形です。

3700形は佐倉止まりの快速として都営浅草線西馬込からやってきました。

折り返し西馬込行きになるのですが、何故か「回送」を表示していました。

3000形は特急成田空港行きです。佐倉からは各駅停車ですね。

都営5300形は高砂行き。都営車なのに、都営線に帰れない?と思いきやさにあらず、高砂から各駅停車西馬込行きになるのですね。

都営5300形もいずれは5500形に代りますね。

5000形時代から記憶している者としては、まさに時の流れを感じます。

カーブを描いて佐倉進入。3000形14次車・3041編成の特急成田空港行き

5ヶ月前に京成臼井ー京成佐倉間で撮り鉄を楽しみました。

午前中に京成臼井からチンタラチンタラ歩いたり、休んだり、撮り鉄のために立ち止まったりで、佐倉駅に近くなった時はもう夕方でした。

これは3041編成の特急成田空港行きです。

カーブを描いて佐倉に進入するところです。

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3041編成は京成の2代目3000形の14次車。

でも、京成はもう3000形を製造することはないですね。

3100形ですね。

金沢で青い413系を撮る。いずれは521系に・・・・・・

もう6ヶ月前の写真です。

金沢で撮ったものです。

413系の普通泊行きです。

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今の北陸本線は金沢より東はJR西日本ではありませんね。

IRいしかわ鉄道、さらに倶利伽羅からはあいの風とやま鉄道ですね。

この413系も国鉄時代か頑張ってきましたね。

でもそう長くないうちに521系に置き換えられるのでしょうね。

カーブを描いて佐倉進入。3700形の9次車・3868編成の快速

もう5ヶ月程前になりますが、京成臼井ー京成佐倉間で撮り鉄を楽しみました。

午前中に京成臼井からチンタラチンタラ歩いたり、撮り鉄を楽しんだりで、佐倉駅近くに来た頃には夕方になっていました。

写真はカーブを描いて京成佐倉駅に進入しようとする3800形ではなく、3700形の快速佐倉行きです。

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つまり、この佐倉が終点ですね。

都営地下鉄浅草線西馬込からやってきた電車ですね。

3868編成で、3700形の9次車ですね。

この車両もかれこれ27年の歳月が過ぎました。

あと10年は持ちそうでしょうか?

 

高砂行きだけど西馬込行き。佐倉で発車を待つ5300形

5ヶ月弱程前。京成佐倉で撮った都営地下鉄5300形の快速高砂行きです。

この電車は先に特急上野行きを先に通すので、まだ発車しないで待っているところです。

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この電車は高砂行きですが、実際には西馬込行きです。

快速としては高砂まで運転するのですが、高砂からは各駅停車西馬込行きになるのです。

5300形も追われる立場になりましたね。

いずれは全運用を5500形に変わりますね。

地方鉄道で引き取ってくれるところはないのでしょうか?

 

佐倉の住宅街の直線区間、ベテラン3600形快速西馬込行きを撮る

4ヶ月半前ですが、京成臼井ー京成佐倉間で撮り鉄を楽しみました。

臼井駅からチンタラチンタラ歩いたり、途中で休息したりで、佐倉駅に近くなった頃には夕方になっていました。

とかくカーブの多い京成ですが、ここは直線区間です。

駅に近いせいか、住宅街ですね。

ベテラン3600形の快速西馬込行きです。

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西馬込行きということは、都営地下鉄浅草線直通ということですね。

京成の今後の3100形の製造計画わかりませんが、3600形も追われる身ですね。

あと、何年走れるのやら・・・・・・

七尾線も時代とともに・・・・・・

  もう6ヶ月前に金沢で撮ったものです。

七尾線の七尾行きですね。

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でも、金沢-津幡間はJR西日本ではなく、IRいしかわ鉄道ですね。

私が初めて七尾線の列車に乗ったのは、まだ電化されていなかった頃でした。

国鉄時代でした。

キハ55だったかキハ26だったかの急行能登路が走っていました。

キハ45だったかキハ53だったか、普通列車用の車両も急行能登路に組み込まれていたこともありました。

最盛期は急行能登路は10本以上走っていたこともありました。

また、急行能登路は金沢-七尾のみ急行、金沢-穴水間のみ急行でそれ以外の区間は普通というものや、全区間急行運転のものとがありました。

大阪からの直通急行「ゆのくに」も乗り入れていたり、名古屋からは臨時ながら急行「のりくら」も乗り入れていた記憶もあります。

金沢-七尾間はC58、七尾ー珠洲間はC11が牽引するふるさと列車「おくのと」号も臨時急行として走っていました。

あと、朝夕の通勤時間帯はDE10牽引の客車列車も走っていましたね。

その後、七尾線および穴水-蛸島間の能登線はモータリゼーションの波に呑まれて行きましたね。

穴水-輪島・蛸島間は廃線、和倉温泉-穴水間はのと鉄道になっているいけど、こちら経営は苦しい。

その一方で津幡ー和倉温泉間は電化されて、電車が走るようになりました。

急行能登路は今はなく、特急能登かがり火

今七尾線を走っている413系や415系も老朽化し、521系に代わろうとしています。

七尾線も時代とともに変わっていくのですね。

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