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2016年4月

東武、新型特急500系で新たなニーズ発掘作戦展開?

東武は新型特急500系の運転に向けて、着々と進めているようですが、その500系は会津田島まで乗り入れるのですね。つまり走行区間は東武だけでなく、野岩鉄道、会津鉄道にも乗り入れるということですね。

http://www.tobu.co.jp/file/pdf/bd704e38cd530a64f1fdfb5b10031ebf/160421_2.pdf?

かつては急行南会津が乗り入れていたけど、今はありませんね。

でも500系で復活させるのですね。

採算面で大丈夫かな?

閑散期は鬼怒川温泉止まりか全区間運休にするのかな?

それとも、採算を取れるように、地元自治体や観光業界と提携して新たなニーズ発掘作戦を展開していくのでしょうか?SL復活運転との相乗効果も狙うのでしょうか?

野岩鉄道や会津鉄道線内は3両でも、鬼怒川公園か下今市までは6両編成かな?

下今市で分割となれば、後の3両は東武日光行きになるのでしょうか?

さてさて2017年の春、どのような形で運転されることやら。

東武、SL運転に向けて!バラエティーなのは嬉しいけど、経営的にはどうなの?

東武鉄道もいよいよSL復活運転に向けて動き出していますね。

http://www.tobu.co.jp/file/pdf/b1aa63bbdbbedc2f1f8e1b16523e14e7/160421_3.pdf?

現在、JR北海道、秩父鉄道、大井川鉄道で訓練を受けている乗務員さんもいるのですね。

C11207は今年の8月にJR北海道から譲渡されますが、それだけではありません。

貨物列車ではないのに、車掌車も連結するのですね。それを今年の6月にJR貨物とJR西日本から譲渡される予定とのこと。

9月頃に客車は14系の普通車と12系のグリーン車をJR四国から、10月頃には転車台をJR西日本から、12月頃にはDE10をJR東日本から譲渡される予定だそうです。

C11なら転車台は不要だと思うのですが、何故お金をかけてそこまでするのかなあ?しかも下今市-鬼怒川温泉間はたったの12.4kmなのに、何故2つも必要なのでしょうか?

SLあり、客車、車掌車、DL、転車台ありと、バラエティーのは鉄道マニアとしては嬉しいけど、経営的にどうなのか気になりますね。

それとも、このSL運転の目的にる「鉄道産業文化遺産の復元・保存」を掲げているその一環としてSLや客車だけでなく、車掌車やDLも受け入れるということなのかな?

赤字にならないように、観光客誘致に相当力を入れないといけませんね。

それで2017年 4月頃  東武鬼怒川線にて試運転を始め、夏をめどに営業運転開始とのこと。7月か8月かは今後の進捗状態で紆余曲折するのでしょうか?

いずれにせよ、東武鉄道のSL運転成功を祈りたいですね。

写真は東武博物館にある5号機関車です。このSLもかつては東武鉄道を走っていましたね。http://www.tobu.co.jp/museum/

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成田線の我孫子支線は、手賀沼線とか利根川線という線名はどうでしょうか?

これは松戸車両センター所属のE231系ですが、この電車はこの時は常磐線快速としてではなく、成田線の普通列車として運用されていました。

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だけど、成田線ですが、佐倉から成田、佐原経由で松岸までのルートを本線とし、成田で本線と別れて成田空港へ行くのを空港支線、我孫子に行くのを我孫子支線としていますが、通常、一般乗客には3つひっくるめて成田線として案内していますね。

この我孫子支線、1974年の電化まではディーゼルカーが走っていましたし、上野からC57やDE10牽引の客車列車も走っていましたね。電化後は113系や103系が走っていた時期もありましたね。まさに国鉄時代の話ですね。

だけど、我孫子支線は2001年に一般から愛称を公募して「水空ライン」という名称が採用されたけど、今は使っていないし、JR東日本もこの愛称を使っていませんね。公募すること自体無駄だったのでしょうか?

それならJR東日本自身で付けてもいいのでは?

たとえば、手賀沼線とか利根川線という線名にするのはどうでしょうか?

JR貨物のEF210と京葉臨海鉄道のKD60との並び。蘇我での撮り鉄ならでは

蘇我での撮り鉄の面白さは、JR東日本の電車だけでなく、JR貨物の列車と機関車、そして京葉臨海鉄道のディーゼル機関車が撮れることですね。

これはJR貨物のEF210と京葉臨海鉄道のKD60です。

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KD60はかつての国鉄のDD13を彷彿させますね。というかDD13をベースにして製造されましたから。

とうきょうスカイツリーで「日光詣スペーシア」を撮る

先日、とうきょうスカイツリーで、「日光詣スペーシア」を撮りました。これはとうきょうスカイツリー駅に進入するとことです。

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かつての業平橋駅も東京スカイツリー最寄り駅となり、立派な特急停車駅になりましたね。

かつては東武日光線の特急は、下りは浅草-下今市、あるいは日光までノンストップだったのに、今ではこのとうきょうスカイツリー、北千住、春日部、栃木、新鹿沼と停まり、こまめにニーズに応えるようになっていますね。

それにしても「日光詣スペーシア」の塗装は絢爛豪華さを演出している・・・・・・。

南海が「めでたいでんしゃ」なるものを走らせるんやて?

南海電鉄がおもろいことするそうでんなあ。

「めでたいでんしゃ」なるものを走らせるそうでんなあ。

http://www.nankai.co.jp/kada/medetai/

http://www.nankai.co.jp/kada.html

和歌山市-加太間で走らせるそうでんなあ。

加太を代表する海の幸が鯛やから、それにちなんで命名したそうやけど、まあピンクでちょっと華美でんなあ。

そもそも南海加太線の愛称が「加太さかな線」というそうでんなあ。

加太の観光振興にどれくらいの効果が出るんやろうか?

時には関空や難波にも顔出して、客を誘致するのもどないやろ?

また、特急サザンを紀ノ川に臨時停車させて接続取るのもどないやろ?

蘇我でEF210同士の出会いを撮る

先日、蘇我でEF210同士の出会いを撮りました。

かたやこれから蘇我を出ようとする列車、かたや蘇我に到着しようとする列車です。

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EF210って見た目からしてパワーのある電気機関車ですね。

もし今でも寝台特急のニーズがあるなら牽引してほしいくらいです。

それとともに、こんなパワーある電気機関車を有するJR貨物が、新幹線と並走する在来線の経営に参加しないのは本当に残念。

JRも新幹線開業後、並走する在来線をさっさと手放すのではなく、何故、JR貨物に引き継ぎを打診しないのでしょうか?

地球環境のためにはJR貨物の果たす役割、存在意義も大きいはずなのに、本当に残念。

JR貨物と日本オイルターミナルと日本石油輸送との関係は

これはJR蘇我駅で撮ったJR東日本の209系千葉行きとJR貨物EF210が牽引する貨物列車です。

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右側の貨物列車は石油輸送専用のようですね。

それでよく見てみると「日本オイルターミナル株式会社」と書かれたタンク車と、「日本石油輸送株式会社」と書かれたタンク車から構成されていました。

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日本オイルターミナル株式会社 http://www.oil-terminal.co.jp/ の方がメジャーなのでしょうか?国内で鉄道輸送する石油製品の80%強はこの会社のようです。

日本石油輸送株式会社 http://www.jot.co.jp/ の存在も忘れてはいけないようですね。ただ、この会社は鉄道だけでなく、自動車による石油輸送も重要なようです。それと石油以外の事業もしているようです。

JR貨物としても、どちらか一方に独占させることはしないようですね。適度に競わせようと考えているのでしょうか?

石川さゆりさんの「火の国へ」

演歌歌手の石川さゆりさんは熊本県飽託郡の出身です。

かつてはC11も走っていた三角線の沿線に住んでいたそうです。

おとうさんは熊本市電の運転士さんだったそうです。

その石川さゆりさんの歌に「火の国へ」というのがあります。

https://www.youtube.com/watch?v=uYORE-zrHAU

https://www.youtube.com/watch?v=zeeniqtl-BU

1978年にリリースされた歌ですね。あの歌には東京駅から火の国・熊本へ向かう夜汽車が出てきます。当時なら寝台特急「みずほ」「はやぶさ」に当たりますね。

さて、その火の国・熊本が大変なことになりましたね。

大地震は火山の噴火を誘発させるといいますが、案の定、火の山・阿蘇山が噴火しましたね。

復旧活動も思う様に進んでいないようですね。阿蘇山の近くを走る豊肥本線も寸断されているそうですね。

今回の震災で犠牲になられた方のご冥福をお祈り申し上げます。

私も少しでも火の国への支援ができたらと思います。

東日本大震災の復興支援もまだまだ必要ですが、火の国・熊本への支援も必要になって来ましたね。

まさに、石川さゆりさんの「火の国へ」ではありませんが、

そして支援は、そして支援は、火の国へ

ですね。

*追伸*

石川さゆりさんのオフィシャルサイトの記事も紹介します。↓
「大きな被害に心が痛みます」というタイトルです。

http://www.ishikawasayuri.com/diary/2016/04/post_290.html

スカイツリートレインと東武の野田線需要発掘策

先日、とうきょうスカイツリーでスカイツリートレインを撮りました。

このスカイツリートレインは大宮発です。

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東武は今、野田線というかアーバンパークラインでの需要発掘のために力を入れていますね。

この大宮発のスカイツリートレインもその一つなのかもしれませんが、大宮行きのスカイツリートレインはありませんね。それと岩槻通過も勿体ない話。ここで客を拾うことの阻害要因は何でしょうか?

あよ、野田線の急行も、休日には1往復でも、スカイツリーライン直通の列車を走らせてもいいのではないかという気もします。

近鉄急行の長谷寺臨時停車

1986年、当時の国鉄桜井線にC56牽引のSL「大和路」号が走りました。私も撮りに行きました。

そのついでに近鉄に乗って長谷寺にも行ってきました。

近鉄の長谷寺駅は通常は急行は停まりません。

でも、長谷寺でぼたん祭りが開催されている間のみ急行が臨時停車するのですね。

http://www.kintetsu.co.jp/railway/Dia/hase.html

http://www.hasedera.or.jp/free/?id=338

どれだけ賑わうのかなあ?

曳舟で「日光詣スペーシア」を撮る

先日、曳舟で「日光詣スペーシア」を撮りました。金色塗装が豪華さを醸し出していますね。

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スペーシアも登場して25年程経ちますね。東武としては、まだまだこのスペーシアの100系と使っていく予定なのでしょうか?

それとも一部を500系に置き換える?既に後継車両を考えている?

私もスペーシアで日光や鬼怒川温泉に行ったことがあります。春日部-栃木間のみの乗車もしたことがあります。

JR東日本との相互乗り入れも10年経っているのですね。

祝・岡村孝子さん、「LOVE あいちサポーターズ あいち音楽大使」任命!

ヤマハのポプコン出身であり、愛知県岡崎市出身でもある
岡村孝子さんが「LOVE あいちサポーターズ あいち音楽大使」に任命されました!!!(^◇^)

sun note fuji bud wine

http://www.okamuratakako.com/_info/others.html

http://www.pref.aichi.jp/soshiki/koho/0000045823.html

http://www.pref.aichi.jp/soshiki/koho/love-aichi-happyou2804.html

素晴らしいことですね。

岡村孝子さんにとっても適役だと思います。最適な役目ですね。

岡村孝子さんも「四季の移り変わりがわかる穏やかな環境の中で音楽を作ることに目覚めました。今、ふるさとにこうした形で恩返しができ、うれしいです」と語りました。

岡村孝子さんには、人々を「あなたの夢をあきらめないで」と励ましたり、人々に「いつの日も輝きを忘れない」「今まだ眠っている未来に巡り合いたい」という気持ちを植え付けられるような活動をしてほしいですね。

当ブログは

岡村孝子さんの「LOVE あいちサポーターズ あいち音楽大使」任命を祝います。

岡村孝子さんのアーチストとしての活躍を祈るとともに、

「LOVE あいちサポーターズ あいち音楽大使」としての活躍を祈ります。

祝・蘇我運輸区10周年

JR東日本千葉支社管内の蘇我には、蘇我運輸区があるのですね。

その蘇我運輸区ですが、今年で10周年だそうです。

当ブログは蘇我運輸区の10周年をお祝い申し上げます。

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そういえば、特急「わかしお」「さざなみ」や、東京方面と外房・内房を直通する総武快速線や京葉線の電車ですが、ここで運転士さんも車掌さんも交替しますね。

下り列車でここから乗務する人、上り列車でここまで乗務する人は、蘇我運輸区所属の運転士さん、車掌さんなのでしょうね。

蘇我といえば、かつては快速も停まりませんでした。京葉線が開通して特急停車駅になりましたね。要は、京葉線を走る特急は千葉には行けないからその代わりに蘇我に停まるわKですよね。ただ、蘇我も特急停車駅になったら、町も発展したようですね。

京成に新千葉とか、千葉中央という駅があるけど、JRの蘇我駅の方が、「新千葉」「千葉中央」を名乗るのにふさわしいように思える程です。

あと、蘇我はJR東日本だけでなく、JR貨物や京葉臨海鉄道にとっても大切な駅ですね。

曳舟で撮ったリバイバルカラーの亀戸行き

東武のオレンジのボディーに黄色の帯の塗装、幼い頃の記憶が蘇る思いです。ただ、あの時代は吊掛け車でしたが。

これは曳舟で撮った亀戸行きの電車です。

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あのころは国鉄総武線も吊掛け車が走っていました。その総武線の電車が亀戸に着いた時、車窓からこの塗装の電車が見えた記憶もなんとなくあります。

まさかこの塗装がリバイバルされるとは思いませんでしたね。

曳舟で地下から出てくる東急5000系を撮る

今の東武スカイツリーラインは、東武や東京メトロの車両だけでなく、東急の車両も見ることが出来ますね。

先日、曳舟で東急5000系がトンネルから出てくるところを、望遠レンズを利用して撮りました。

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東京メトロ半蔵門線としての領域は押上までで、押上から東武の領域になりますね。でも、押上を出てすぐに地上に上がるのではなく、曳舟に近くなってから地上に出ますね。

この電車は急行久喜行きです。行先表示も「久喜」「Kuki」を交互に表示させますね。

今の東急5000系は2代目。初代は青ガエルの異名を取った車両ですね。あれも東急史上の名車だと思います。

上り、下りの「りょうもう」号(曳舟にて)

先日、東武曳舟で上りと下りの特急「りょうもう」号を撮りました。

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「りょうもう」号はかつては急行でしたね。私は1800系時代から記憶しています。

この200系も急行として運転された時期もあります。私も急行時代にも乗ったことがあります。

かつては下りは殆どが浅草-館林間ノンストップ。今はとうきょうスカイツリー、北千住、東武動物公園、久喜にも停まるようになりましたね。

ところで今、東武は500系を製造中とのこと。特急「りょうもう」号も一部500系になるのでしょうか?6両編成で運転しつつも、館林や太田で切り離す列車も出てくるのでしょうか?

東武曳舟駅から京成・京急・北総撮り鉄

東武曳舟駅では、京成の撮り鉄もできますね。ホームの浅草寄りでですが。

これは京成押上線が高架線になったためですね。

ただ、撮るタイミングが難しい。

それに、東武を撮るのか、京成を撮るのか、目的をはっきりさせないと虻蜂取らずになってしまいます。

それで望遠レンズを使って撮ったものを紹介します。タイミングの悪い写真ばかりですが。

まず、京成3700形。

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京急600形のブルースカイトレイン。

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北総鉄道というか千葉ニュータウン鉄道の9100形C-flyer。

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また京急600形。

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京成押上線は京成以外の車両も走りますからね。この時は都営地下鉄の車両は撮れませんでした。

こんな光景も今のうち。E351系とE233系の並び

先日、新宿でE351系の特急「スーパーあずさ」とE233系の並びを撮りました。

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E351系も老朽化しているそうですね。だから既にE353系という後継車両も決まっていますね。

こんな光景を見られるのも今の内。

私は181系時代の「あずさ」からの記憶があります。あの時の特急「あずさ」は評定速度60km/h台そこそこの鈍足特急でした。新宿-松本間も4時間近くも要していたのに、E351系の特急「スーパーあずさ」は2時間30分前後で走破します。

正直、こんなに早くなるとは思いませんでしたね。E351系の功績は大きいですね。

E353系に追われた後、全面廃車でしょうか?それとも状態の良いものの一部は団体専用列車用に残るのでしょうか?外国への輸出の可能性は?JR東日本としても、お古車両の引き取り営業はするのでしょうか?

新浦安のVIE DE FRANCEは素晴らしい店です

新浦安のVIE DE FRANCEは素晴らしい店です。敬意を表します。

何故でしょうか?

それは客に提供するコーヒーやパンの香りを大切にするために店内を全席禁煙にしているからです。

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やはり、飲食物の味と香りは大事にしたいものですね。

曳舟で撮った東京メトロの8000系と東武の8000系

みなさんは「8000系」といえば、まず最初にどこの車両が浮かびますか?

四国にお住まいの方ならJR四国で特急「しおかぜ」などに運用されている8000系ですか?

関西にお住まいの方なら、京阪か、阪急か、阪神ですか?

関東にお住まいの方なら、京王か、東急か、小田急か、東武か、東京メトロですか?東急の8000系は運用離脱しましたね。一部は伊豆急やインドネシアで新たな活躍をしている車両もありますが。

東武の曳舟駅は、その東京メトロと東武の8000系を見ることができますね。

こちらは東京メトロの8000系の急行中央林間行き。

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これは東武の8000系。亀戸線での一運用を終え、竹ノ塚に帰るところです。

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東武の8000系は両数はどんどん減っていきますね。

曳舟で並んだ2塗装

東武8000系は吊掛け車ではないものの、亀戸線を走るリバイバルカラー車には、幼い頃を思い起こさせます。あの頃は、国電と間違えるような茶色の電車が第一党でしたが、徐々に塗り替えられていきましたね。4種類の試作塗装があったようで、この塗装もその一つだったそうです。

先日、曳舟でリバイバルカラーと一般塗装の車両の並びを撮りました。

何故、このような写真が撮れたかというと、一般塗装の方は、亀戸線での運用を終え、回送として竹ノ塚に帰る途中だったのです。曳舟に停車中に、リバイバルカラー車が亀戸から到着したのです。

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並んだのはほんのわずかな時間でした。そうでもしないと、浅草行きの電車が入れなくなりますから。

だけど、北館林で解体されるのは、リバイバルカラー車が先なのかな?6月30日までの運転だそうですしね。

だけど東武亀戸線は、私の幼い頃から2両編成でしたね。

小村井と曳舟でリバイバルカラーを撮る

先日、東武亀戸線でリバイバルカラーの8000系を撮りました。

これは小村井で撮った曳舟行きの電車です。これで曳舟に移動しました。

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そして曳舟に着き、折り返し亀戸行きになりました。

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私にも幼い頃の思い出として、この塗装は薄っすらと残っています。でもあの頃は吊掛け車でした。でも、この塗装自体には、懐かしさを感じさせます。ああ、まだ生きていてよかった。

当時の総武線の車窓から亀戸や船橋で見た記憶があります。ただ、幼い頃の私は、東武だとか、国鉄とか区別もできませんでした。また、この電車を亀戸と船橋の間を走っていると思い込んでいたりもしました。

8000系は、ベージュ地にオレンジの塗装から始まり、このオレンジ地に黄色い帯の塗装はありませんでしたね。

あとあの時代は、国電と同じ、茶色の塗装も走っていた記憶も残っています。

東武としては、茶色の塗装のリバイバルまで考えているでしょうか?

過去のものとなった小田急の区間準急

小田急の区間準急も過去のものとなりましたね。

これは新宿で撮ったものです。

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優等列車であって優等列車でないような区間準急が走らなくなり、もうこのような光景は見ることが出来ません。

ダイヤ改正後に小田急には乗っていませんが、「区間準急」の表示も、もうどこにも見当たらなくなっているのでしょうか?

学習院大学にも桜がきれいに咲いていました。

先日、目白に行く用事があったのですが、JR目白駅を降りたら学習院大学に桜が咲いているのが見えました。http://www.univ.gakushuin.ac.jp/

学習院大学といえば、麻生太郎元首相やドリフターズの仲本工事さんなどの出身校でもありますね。

私は学習院大学の関係者でないので、中に入るわけにはいかないので、道路の反対側から撮りました。

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写真だけみるとどこで撮ったかわかりにくいですね。

桜の向こう側に校舎があると思うのですが、それが見えない程いっぱい咲いていました。

この写真を撮れたのも何かの縁。学習院大学の学生のみなさんのこれからの人生にいっぱい花が咲くことを祈ります。

小村井の桜と東武亀戸線8000系

先日、東武亀戸線のリバイバルカラーを撮り、かつ乗ることもできました。

亀戸から乗った時は、一旦小村井で降りました。

それで曳舟で折り返してきたリバイバルカラーと踏切近くに咲いていた桜を同時に撮りました。

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この後、亀戸で折り返してくるリバイバルカラー車を待つことにしたのですが、その到着前に、一般塗装の8000系と桜も同時に撮りました。

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ついにリバイバルカラーを撮る!

ついに、東武亀戸線のリバイバルカラーを撮ることができました。

この日、走っているかどうか、不安でした。東武亀戸駅から乗る前、駅員さんに走っているかどうかを聞いたら、

「ええ、走っていますよ。もうすぐ到着します」

と丁寧に教えてくれました。

それで曳舟方面から来るところを撮りました。

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この塗装、幼いころに見た記憶が薄っすらと残っています。でもあの時は吊掛け車でしたね。

だけど、このリバイバルカラーですが、6月30日までだそうですね。ということはそれが終わると、北館林に連れていかれて解体されるのでしょうか?

惜別・小田急区間準急最後の乗車(代々木上原→新宿)

ダイヤ改正前のある日、梅ケ丘に用事があり、その帰路、代々木上原で途中下車して撮り鉄しました。

そして区間準急に乗車しました。これが私にとって最後の区間準急乗車です。

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東京メトロ直通の多摩急行の接続のために3分程停車した後、新宿まではノンストップです。

新宿駅では各駅停車と同じホームに到着しました。小田急に区間準急は、優等列車であって、優等列車でないような存在でしたね。

代々木上原で4000系快速急行新宿行きを撮る

先日、代々木上原で4000系快速急行新宿行きを撮りました。

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新宿行きなので、東京メトロ千代田線方面には行きません。

この写真はダイヤ改正前に撮ったものですが、今はこの4000系、小田急や東京メトロ千代田線のみならず、JR東日本の常磐線も走るのですね。

小田急線内は優等列車といて走っても東京メトロやJR線は各駅停車ですね。

そういえば、この小田急の4000系は2代目ですね。初代は吊掛け車でしたね。

蘇我で185系臨時快速「南房総満喫」号を撮る

先日、蘇我で185系臨時快速「南房総満喫」号を撮りました。

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185系は通常は房総には顔を出しませんね。

この列車に乗った人は、南房総の旅をどのくらい満喫できたのでしょうか?

中にはこの蘇我から乗車した人もいました。物珍しさに乗ってみたのかな?乗れば指定席料金を取られたはずですが。

185系といえば、国鉄時代からの車両ですね。主に特急「踊り子」「草津」「あかぎ」などに使われましたね。あと今はない「たにがわ」「水上」「白根」「なすの」にも使われましたね。

だけど、もう30年以上の歳月が経っています。JR東日本としては、今後185系をどのようにしていくのでしょうか?

嵐山へ直通特急や快速特急がぎょうさん走るそうでんなあ

阪急嵐山線いうたら、普段は桂-嵐山間のみしか走らへんけど、この春、4/2-10、及びゴールデンウェイークには直通特急や快速特急がぎょうさん走るそうでんなあ。

http://tokk.hankyu-ad.jp/160401/rinji.pdf

まず、梅田からの直通特急、これは京都線を走って、桂から嵐山線に入りまんなあ。

梅田からだけやおまへん。

宝塚から「とげつ」なる直通特急も走るそうでんなあ。それも今津線、神戸線経由で十三から京都線に入りまんなあ。池田や豊中は通りまへんなあ。そもそも宝塚-十三・梅田間は、今津線経由の方が所要時間が短いそうでんなあ。

高速神戸から嵐山へ行く直通特急もありまんなあ。山陽電鉄からの客をどのくらい誘導できるんやろうか?

天下茶屋からは「ほづ」と名乗る直通特急も走りまんなあ。つまり大阪市営地下鉄からの直通でんなあ。南海からの客をどのくらい誘導できるやろうか?

河原町からは快速特急「おぐら」が走るんやて?快速特急いうても通過するのは大宮、西院、西京極だけやおまへんか。嵐山線内は各駅停車やおまへんか。通過する駅より停車する駅の方が多いやおまへんか。

それにしても、なんやか東京の私鉄にはない面白さが阪急にはぎょうさんあるように思えまんなあ。

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