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2015年8月

笹塚と千歳烏山にも停まることになった準特急

写真は明大前で撮った7000系の準特急です。

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「準特急」とは、京王にしかない種別ですね。
その準特急が、9月25日のダイヤ改正で、笹塚と千歳烏山にも停まるのですね。
http://news.mynavi.jp/news/2015/08/26/594/

笹塚は都営地下鉄新宿線との接続駅なだけに、いずれ特急も停まるようになるのでは?と思っていましたが、
特急は停まらずとも、準特急が停まるようになるのですね。

かつて笹塚は特急だけでなく、通勤急行と通勤快速が通過する駅でした。
しかし、都営新宿線との接続駅になってから、徐々に変わって来ましたね。笹塚だけでなく、京王線全体も。

通勤急行と通勤快速という種別は今はなく、準特急とか区間急行なるものが走っていますね。

同じ都営地下鉄でも、浅草線には京成や京急に直通する特急、快速特急、通勤特急がありますが、新宿線にもいずれ京王線直通の準特急も現れるでしょうか?

鎌ヶ谷で夕陽を浴びながら進入してくる8000系を撮る

東武野田線には60000系が走るようになったとはいえ、まだまだ8000系が与党第一党的な存在ですね。

先日、夕暮れ時に鎌ヶ谷に進入してくる8000系船橋行を撮りました。

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夕陽を浴びながら走行しているところです。

今でこそ複線ですが、10年前はここは単線でした。沿線の人口も増えましたしね。吊掛け音の唸る5000系が走っていたのも、つい最近のように思えますが、これも10年前の話。

今年度の東武の計画では60000系は2本のみの新製とか。

東武野田線は、まだまだ8000系の活躍の場ですね。

明大前で約10分間で7色中4色を撮る

京王井の頭線については、緑色の吊掛け車が走っていた頃からの記憶があります。

3000系以降、井の頭線の電車のカラフルさがこの線区の特徴でもありますね。

それは今の1000系にも引き継がれています。

先日、明大前で、およそ10分程度の滞在時間で4色の車両を撮ることが来出ました。

まずは、サーモンピンク

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次にライトブルー

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アイボリー

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ライトグリーン

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7色全て撮るにはどのくらいの時間が必要だったかな?その日の運用にも左右されるでしょうけど。

京王電鉄

大糸線は今年で100周年!記念入場券も発売。

写真は松本で撮った大糸線の列車です。

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その大糸線は今年で100周年なのですね。記念入場券も発売されるそうです。

http://news.mynavi.jp/news/2015/08/18/589/

http://response.jp/article/2015/08/18/258139.html

http://www8.shinmai.co.jp/odekake/article.php?id=ODEK20150815004657

この大糸線、最初は国鉄ではなく、信濃鉄道という私鉄から始まったのですね。今の「しなの鉄道」とは全く関係はありません。

ウィキペディアによると、1915年1月6日に松本市(現・北松本)-豊科間を開業し、その後、運転区間を延伸していき、同年11月2日には信濃大町まで開業したそうです。ただ、開業当時の信濃大町は、今の信濃常盤なのですね。

今は松本-南小谷間がJR東日本、南小谷-糸魚川間はJR西日本ですね。

かつてはC56も走っていました。165系急行や181系特急も乗り入れていましたね。

白馬岳の登山口駅でもある白馬駅はかつては信濃四ツ谷という駅名だったのですね。

篠ノ井線に乗ってみて……

写真は、私が長野から乗った快速松本行きの電車が終点の松本に着いた直後のものです。

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これまで篠ノ井線については、塩尻-松本間は乗車したことがあったものの、篠ノ井-松本間は未乗区間だったので、今回が初めてでした。

篠ノ井線に乗って感じたことは、

「特急に乗ったら、篠ノ井線の良さがわからない」

ということですね。

その良さとは、姨捨と桑ノ原信号所のスイッチバックです。

姨捨については、また機会があったら、是非行ってみたいですね。夜景もきれいだそうですし。

かつて、篠ノ井線には新宿-長野間を結ぶ普通列車が運転されていましたね。私が記憶しているのはEF13が牽引していた時代です。松本-長野間はDD51だったそうですが。夜行便ですが、新宿を23時55分に発車して、長野に着くのが10時台。つまり翌日の特急あさま1号の長野到着よりも遅いというのんびりした運用だった記憶もあります。後にEF64に代わり、1975年月には115系の電車に代わりましたね。

あと、特急「あずさ」が181系、189系だった頃、その車両は「あさま」と共通運用で、長野所属だったために、松本-長野間は回送運転をしていたそうですね。経費も結構かかったのでは?

JR東日本になってからはなってからの、国鉄時代には国鉄時代の面白さがこの篠ノ井線にはあったのではないかと思います。

E351系の活躍もあとどのくらい?

この写真は三鷹で撮ったE351系の特急「スーパーあずさ」とE233系快速東京行きです。

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E351系もつい最近登場したようにも思われますが、もう約20年の歳月が過ぎているのですね。老朽化し始めているようですね。

その後継車としてE353系が製造され、既に試運転も始めているようですね。

このような光景を見られるのもあとどのくらいなのでしょうか?

E353系に置き換えられた後は、臨時列車用として運用されるようですが。

JR東日本のことだから、少しずつではなく、一気に置き換えてしまうのでしょうか?

篠ノ井線の列車を北松本に停めてはいけないの?

写真は篠ノ井線の電車の中から撮った北松本駅です。北松本には大糸線の電車は停まりますが、篠ノ井線は停まりません。

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篠ノ井線と大糸線は松本から北松本を経て、国道とクロスするあたりまでは単線並走しているのですね。

篠ノ井線は開業時から国鉄でしたが、大糸線は信濃鉄道としてスタートしたのですね。北松本駅も開業時は「松本市」という名の信濃鉄道の駅だったのですね。

でも、国鉄になっても、JRになっても篠ノ井線には駅ができません。蒸気機関車やディーゼル機関車が客車を引いていた時代ならまだしも、今はどちらも電車。

わずか0.7kmの距離ですが、松本-北松本間を篠ノ井線と大糸線との共用の複線区間化して、北松本にも篠ノ井線を停めることは非現実的なのでしょうか?

ウィキペディアによると、この駅は2000年は1日平均乗車人数が281人だったのに、2014年は651人と増えたそうですね。

松本城もこの駅からの方が近いそうですね。

セイコーエプソン松本事業所http://www.epson.jp/company/map/matsumoto.htm、JR東日本松本寮、松本国際工科専門学校http://www.mirai.ac.jp/mie/、松本調理師製菓師専門学校http://www.m-chouri-seika.ac.jp/もこの駅が最寄り駅だそうですね。

でも停車のニーズはないのでしょうか?それとも停められない理由があるのでしょうか?

篠ノ井線の最大の魅力は姨捨にあり?スイッチバックと車窓

「篠ノ井線の最大の魅力は姨捨にあり」

というべきでしょうか?

姨捨には、スイッチバックがあります。かつて篠ノ井線には4か所あったそうですが、今残っているのは、姨捨と桑ノ原信号所だけですね。写真は私の乗った松本行きが、長野行きと交換するところです。

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そして、景色が素晴らしい!感動しました。日本3大車窓の一つなのですね。

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下界には住宅がたくさん見えます。何故、線路を犀川沿いに敷かなかったのだろう?と思いました。その理由は松本盆地と長野盆地との間が最近数十万年のあいだに激しく隆起・褶曲した結果、犀川が蛇行しつつ深い渓谷を形成して、とても線路を敷ける地形ではなかったそうですね。犀川沿いに住んでいる人は長野や松本に行く時は、殆どバスを利用しているのでしょうか?この駅の利用客ですが、1日平均2桁台だそうですね。

それにしても、この姨捨、機会があればまた来たいもの。その時は1時間以上は滞在して撮り鉄したいものです。

桑ノ原信号所停車中に特急「しなの」通過を撮る。これこそ、篠ノ井線の面白さの1つ!

篠ノ井線の面白さの1つにスイッチバックがあることですね。

これは普通列車に乗らないと味わえないもの。

これは桑ノ原信号所で撮ったものです。私の乗った長野発快速松本行きは、桑ノ原信号所のスイッチバックで下りの特急「しなの」の通過のために退避したのです。

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この光景を見て、

「篠ノ井線の良さは、普通列車に乗ってみないとわからない。特急に乗ったら見逃してしまう」

と思いましたね。

だけど電車だから急勾配もスイスイ登れるけれど、ディーゼル時代も蒸気機関車時代も、結構大変だったのでしょうね。

電車ならスイッチバックしなくても登れるような気もするけれど、歴史的なものとして残してほしい気もします。

また、JR東日本も、国鉄時代から続いている桑ノ原信号所と姨捨のスイッチバックを売り物として観光客を呼び込む企画もバンバン実施してほしい気もします。

長野からE127系の快速松本行きに乗る

先日、長野からE127系の快速松本行きに乗りました。

写真は出発前にしなの鉄道の115系と並んだところです。

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快速と言っても安茂里と今井のみ。安茂里は1985年開業、今井は1997年開業の駅。つまり、安茂里開業前の篠ノ井線なら各駅停車と同じなのですね。

列車はワンマンカーです。

2両編成のせいか、席は殆ど埋まっていました。区間によっては立ち席もありました。

JR東日本

長野で飯山線のキハ110系を撮る

先日、長野で飯山線のキハ110系ディーゼルカーを撮りました。

こちらはキハ112

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こちらはキハ111

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どちらもキハ110系の仲間です。

それにしても、長野から飯山線方面に向かう場合、長野-豊野間はJR東日本ではなく、しなの鉄道なのですね。だからその分、利用客は負担を強いられるのですね。

せめて長野-豊野間はJR東日本として残しておくべきだったのでは?そんな気もします。

えーっ、東武鉄道がSLを復活させるの!?

いやぁー、驚きました。東武鉄道が何と、SLを復活させるそうです。

http://www.yomiuri.co.jp/economy/20150810-OYT1T50093.html

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ10I4R_Q5A810C1TI5000/

http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/top/news/20150811/2048707

http://blogs.yahoo.co.jp/exp_kinki_chuou/13674763.html

2017年度をめどに下今市―鬼怒川温泉間で走らせるそうです。

東武博物館に展示しているSLを復活させるのではありません。

JR北海道からC11の207号機を借りて運転するそうです。

復活すれば、およそ50年ぶりということです。最後に走ったのは1966年の佐野線だったそうです。

それなら佐野線にも走らせてほしいなあ、という気もしますが。

だけど誰が運転するのでしょうか?今の東武の運転士さんにその経験はないし。

会社から選ばれた運転士さんがJR北海道で学習してくるのでしょうか?

それともJR北海道の機関士さんが出向して来て運転するか、東武の運転士さんに指導・ノウハウ伝授をするのでしょうか?

いずれにせよ、地域経済の活性化に繋がるといいですね。

写真は東武博物館に展示されているSLと、館林駅の掲示板に貼られていたSLの写真です。

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長野で「おいこっと」車の団体専用列車を撮る

先日、長野で「おいこっと」用のキハ110を撮りました。

但し、この日は8141Dの快速「おいこっと」として運転されたのではなく、団体専用列車として運転されたのです。

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JR東日本が飯山線の観光列車として改造したのですね。しかもこの車両、かつては秋田新幹線の工事に伴う田沢湖線の運休中に北上線の特急「秋田リレー」号としても活躍したのですね。

この日はどこまで運転されたのかは知りません。でも飯山線の活性化の一翼を担えるといいですね。JR東日本ももっと宣伝すべきです。

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逆井でファミリーマート広告ラッピングの10000系を撮る

先日、東武野田線の逆井で、コンビニのファミリーマートの広告がラッピングされた10000系を撮りました。

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これまでも見かけることはあったのですが、撮る機会を逸していたのですが、ようやく撮れました。

柏の葉公園、清水公園、岩槻には東武が請け負っているファミリーマートのフランチャイズ店なのでしょうか?

岡村孝子さんがラジオ番組・「眠れない貴女へ デラックス」ゲスト出演

先日、受信料不当徴収特権の上にあぐらかいている放送局・NHKのFMラジオの「眠れない貴女へ デラックス」に岡村孝子さんがゲスト出演しました。

http://www.okamuratakako.com/index.html

私も独身時代には岡村孝子さんのコンサートに何度か行きました。名古屋まで追いかけたこともあります。

私自身が独身でなくなってからは関心が大きく薄れてしまいましたが、それでもYOU TUBEなどで岡村孝子さんの歌を聞くと昔が懐かしくなってしまいます。

その上、今年北陸新幹線が開業し、「かがやき」号が運転されると、JR東日本・JR西日本、どちらでもいいから、岡村孝子さんの「輝き」を宣伝用に使ってほしいと思うようになっています。

そういえばこのラジオ番組の名前が「眠れない貴女へ デラックス」というそうだけど、岡村孝子さんの歌に「今日も眠れない」という歌もありました。

そしてこのラジオ番組で、岡村孝子さんのの声を聴いた時も、さらにあの「待つわ」が流れた時も、懐かしくなってしまいました。もう33年も昔のことなのですね。

今年の10月でソロデビュー30周年なのですね。ソロデビューした時のアルバム「夢の樹」の中の「冷たい雨」「砕ける波」を聴いて、私は岡村孝子さんがあみん時代より前進したと感じ、だんだんと熱を入れるようになっていきました。

あれから30年、本当にあっという間の30年でしたね。

いつか機会があれば、また、岡村孝子さんのコンサートにも行ってみたいと思います。

長野で特急「しなの」10号の発車を撮る。しなの鉄道の115系の側を通り、一路名古屋へ。

先日、長野で特急「しなの」10号の発車を撮りました。

名古屋方は貫通扉、長野方は流線型ですね。

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しなの鉄道の115系の側を通り、列車は名古屋に向けて行きました。

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思えば長野は、JR東日本だけでなく、JR東海、しなの鉄道と、3社の車両を見ることができるのですね。

到着した特急「しなの」3号とこれから発車しようとする「しなの」10号(長野にて)

思えば、篠ノ井線は、JR東日本とJR東海の車両を撮れる区間でもありますね。

先日、長野で特急「しなの」を撮りました。

これは、下りの「しなの」3号が長野に到着するところです。しなの鉄道の115系が停まっている横を通っての入線です。名古屋からの所要時間は3時間弱の2時間58分なのですね。

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これから発車しようとする上りの「しなの」10号と出会います。こちらは名古屋までの所要時間は3時間台の3時間1分です。

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ただ、停車位置は揃いませんでした。

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高田みづえさん、30年ぶりに歌う!

ひがーしー、わかしまづー、わかーしーまーづーーー。

元大関若島津の二所ノ関親方夫人といえば、かつてのアイドル歌手・高田みづえさん。

結婚を機に芸能界を引退し、今は部屋のおかみさんとなっていますが、先日何と、30年ぶりに歌ったのですね。

受信料徴収の特権にあぐらをかいているNHKの音楽番組「第47回思い出のメロディー」に出演したのです。

http://www.asahi.com/and_M/interest/entertainment/Cfettp01508080051.html

http://www.hochi.co.jp/entertainment/20150808-OHT1T50176.html

http://www.zakzak.co.jp/entertainment/ent-news/news/20150808/enn1508081000008-n1.htm

「硝子坂」と「私はピアノ」を歌ったそうです。30年前を彷彿させるような歌いっぷりだったのか、総合司会の北島三郎が「全然変わっていない」と驚いていたようです。

今の力士には高田さんの現役時代にはまだ生まれていなかったのが殆どだと思いますが、「おかみさん、頑張ってね」と励まされたようです。

ただ、これは芸能界入りする娘の売り込みのため、という見方もありますね。

http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/162378

私は高田さんには関心がなかったけど、今回の一時的な復帰については、「よかったね」と言いたいですね。

長野で出発を待つ383系特急しなのを撮る

先日、長野で出発を待つ特急しなのを撮りました。使用車両は383系。長野はJR東日本の地域ですが、383系はJR東海の車両です。

名古屋方の先頭車と長野方の先頭車とは前面が異なりますね。

名古屋方は貫通扉のクモハ383。

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長野方はクロ383。

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特急しなのは1968年、181系ディーゼル特急としてスタートしました。

中央西線の電化で381系電車に代わりましたね。この車両はD51に牽引されたこともありました。

今の383系は3代目の車両ですね。この車両ももう、20年が過ぎました。5年から10年後には置き換えの話も出てくるかな?

長野でしなの鉄道の塗装の異なる2編成の並びを撮る

先日、長野でしなの鉄道2編成の並びを撮りました。どちらも異なる塗装です。

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でも、どちらもかつてはJRを走っていた115系。形式番号も今も115系ですね。

しなの鉄道は篠ノ井-軽井沢と長野-妙高高原とに分かれていますが、私は長野-豊野間もJR東日本のままにしておくべきだったと思いますね。何故なら、飯山線の利用客が負担を強いられるからです。

新幹線と少しでも並走するならJRから切り離すという方針が本当に適切なのか?さらに県が異なれば別会社になるというのも本当に適切なのか?何故、1社化できないのか?疑問が生じます。

長野に到着した特急「ゆけむり」。隣のホームには元東急車と元営団車

先日、長野電鉄の特急「ゆけむり」に須坂→長野間を乗車しました。

これは、終点の長野に到着し、乗客全員を降ろし終えたところです。折返しの湯田中行きとして発車するまで、何と1時間以上もあるのです。

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隣のホームには元東急の8500系が停まっていました。

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反対側には、元営団地下鉄(現・東京メトロ)のまっこうくじら3000系、長野電鉄では3500系が停まっていました。

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この時間の長野駅には、元小田急、元東急、元営団、それぞれかつては異なる会社で走っていたもの同士が揃っていたのです。

茨城沖にサメ!こわいよー!

茨城沖にサメが現れたそうですね。

何やら16頭が確認されたとか。

http://www.asahi.com/articles/ASH8751Z8H87UJHB013.html

http://news.yahoo.co.jp/pickup/6169840

http://www.yomiuri.co.jp/national/20150806-OYT1T50112.html

http://www.j-cast.com/tv/2015/08/07242209.html

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20150807/dms1508071900021-n1.htm

こわいよー!

あのパニック映画「ジョーズ」みたいなことが起こらなければいいけど。

早く捕獲して、かまぼこにしてほしいものです。

だけど、地震とか、海底火山の噴火とか、天変地異の前触れかな?これは考え過ぎ?

特急「ゆけむり」の展望席からの撮影

先日、長野に行く用事があり、そのついでに長野電鉄にも乗り、須坂まで行きました。

須坂から長野に戻る時、あの元小田急10000形の特急「ゆけむり」に乗車しました。

その特急「ゆけむり」ですが、展望席に座ることができました。最前列ではなく、2列目でしたが、そこで車窓を楽しむこともできました。

さらに、前の席の人の頭が映らないように、撮影もしました。

まずは、須坂出発直前です。僅かな滞在時間でしたが、元小田急、元JR、元東急、元営団地下鉄(東京メトロ)、そして今は動かぬオリジナル車を見れたり撮れたりできたことは大収穫だったと思います。

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この列車はA特急なので、長野までの停車駅は権堂のみです。B特急だと、朝陽、信濃吉田、本郷、市役所前にも停まるのですね。

これは千曲川の鉄橋を渡るところです。車と競争しているかのような光景です。

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複線区間では元東急8500系とすれ違いました。

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本郷を通過すると、地下区間に入ります。これは入る直前の写真です。

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小田急時代は最低でも400円の特急料金を取っていたけど、長野電鉄では100円でいいのですね。100円の特急料金でこんな展望からの光景を楽しめるのはありがたいですね。

だけど、消費税が10%になったら値上げされてしまうかなぁ・・・・・・・・?

京成船橋で3600形同士の揃いを撮る

先日、京成船橋で3600形同士が揃ったところを撮りました。

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かたや特急成田空港行き、かたや快速西馬込行きです。

3600形も、もう30年を過ぎていますね。でも一部を除いて8両編成であるゆえに、優等列車に運用されることが殆どですね。

それと8両編成ゆえに千葉線、千原線、金町線には入れません。さらには都営地下鉄に直通できても、京浜急行線はダメ。

今後京成としては、3600形をどのように使っていくのでしょうか?

京成上野でスカイライナーを撮る

先日、京成上野でスカイライナーを撮りました。

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空港ルートはかつては船橋経由だったのに、今は成田スカイアクセス経由ですね。

でもこの京成上野からは3代のスカイライナーが空港への乗客を乗せて行きました。

だけど、小田急には地下鉄からの直通特急も走っているけど、京成スカイライナーが都営地下鉄線内から空港へ運ぶ列車についてはなかなか実現しませんね。

2代目スカイライナーのAE100形も、都営地下鉄浅草線と京浜急行線への直通も考慮して貫通扉を設けたのに、ついに実現することはありませんでしたね。

一筋縄ではいかない阻害要因をいっぱい抱えているのでしょうね。

須坂から特急「ゆけむり」に乗る

長野電鉄の特急「ゆけむり」として走る元小田急10000形は、同鉄道では形式番号を1桁減らして1000系なのですね。

先日、須坂→長野間をその特急「ゆけむり」に乗りました。

これは須坂駅のホームに入線しようとしているところ。

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これはOSカーとの出会いです。

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「ゆけむり」という列車名は、かつて上野-水上(一部は石打)間を走った国鉄165系急行を思い出しますね。

また、この長野電鉄も、かつては165系の仲間でもある169系が乗り入れていました。その名は急行「志賀」。屋代から急行「妙高」から分離して、長野電鉄の屋代線に入り、この須坂を経由して湯田中まで乗り入れていましたね。その屋代線も今はありません。

長野電鉄も「ゆけむり」や「スノーモンキー」をアピールするなど観光客をバンバン呼び込む営業施策をもっとするべきですね。利用客も年々減っているだけに、ヘタすれば全線が廃線に追い込まれてしまいますね。それは車偏重社会、交通弱者切り捨てにますます拍車を掛けることにも繋がります。だから高速道路無料化政策にももっと大きな声をあげて反対すべきではないでしょうか?

くそ暑い季節は葛西の「ヒマラヤンキャラバン」のカレーはいかがでしょうか?

あーっ、暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!暑い!

くそ暑い季節、バテたくないものですね。

そこで、葛西のヒマラヤレストランというか、インド・ネパール料理店の「ヒマラヤンキャラバン」のカレーをお勧めします。

http://r.gnavi.co.jp/ng8t7kjc0000/

http://blogs.yahoo.co.jp/ashmama1125/36233474.html

http://www.ekiten.jp/shop_6639/

土日のランチタイムは3ケタ台の予算で済ませることも可能です。

カレーの辛さも選べます。5段階ありますが、私はレベル4の辛さを選びました。レベル5は激辛なので、その次の辛さです。

店内はネパールの国旗が飾ってあったので、店のスタッフはネパール人なのかもしれません。

私が行った時、ネパール人のウェイターが食事中に

「味はいかがですか?辛さは大丈夫ですか?」

と聞きにきました。やはり、ネパール人の辛さと日本人の辛さとでは感覚が違うから、日本人の舌に本当に合っているのか、気がかりなのかもしれませんね。

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善光寺でドローンを飛ばすと、悪霊がドロ~ンと出てくることはないけれど・・・・・

「長野の善光寺でドローンを飛ばすと、悪霊があなたの前にドロ~ンと出てくるよー」

「長野の善光寺でドローンを飛ばすと、死神があなたの前にドロ~ンと出てくるよー」

ということはないけれど、善光寺でドローンを飛ばしてはいけません。

寺側もドローンで迷惑しているようですね。

とにかく善光寺でドローンを飛ばすのはやめましょう。

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「ゆけむり」、「スノーモンキー」、今や長野電鉄の看板列車的な存在

元小田急10000形の「ゆけむり」も、元JR東日本の253系の「スノーモンキー」も、今や長野電鉄の看板列車的な存在ですね。

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特急料金も100円ですんでしまいますね。長野に来たら、どちらかには一度は乗ってみたいものですね。

この2つの電車は、今でこそ同僚でも、かつては他社の車両。

乗車位置も異なるのですね。車両の構造上、やむを得ないことですが。運転士さんにとって、操作しやすいのはどちら?

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6000系、元気に多摩急行としても活躍

先日、小田急永山で東京メトロ車の6000系を撮りました。多摩急行の唐木田行きです。

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6000系も登場してからかれこれ半世紀弱になりますが、まだまだ現役で走っている車両もあるのですね。JRにも直通運転したり、小田急にも乗り入れたり。長距離運用にもバンバン使われているようですね。

この車両は我孫子寄りの先頭車が「6032」との表示があるので32編成ということでしょうか?となれば30年程ですね。

それでも結構長く、走っていられますね。それに比べて東京都営地下鉄では10年しか経っていない車両を廃車にしてしまったとか。

20世紀を象徴する車両。少しでも長く活躍できるといいですね。

かつて長野電鉄を走っていたOSカー

今の長野電鉄は、他社のお古の車両を使っていますが、かつてはオリジナル車もありましたね。

このOSカーもその一つ。登場した当時は観光客から特急車と間違えられる程だったそうですね。

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須坂で静態保存されているようだけど、塗装が剥げている部分もあるし、けっこう車体も傷んできているのでは?

いつまでこの状態でいられるのでしょうか?いずれ解体されてしまうのでしょうか?

でも、長野電鉄の歴史を物語る車両ですね。整備してどこかで保存できないものでしょうか?

長野電鉄を走っていた電気機関車

長野電鉄もかつては貨物輸送もしていて、その貨物列車を牽引する電気機関車も走っていたのですね。

それは、このED5000形だったのですね。

長野電鉄内で貨物を牽引し、長野で国鉄の機関車に引き渡していたのでしょうか?

この機関車、1927年から28年にかけて製造されたのですね。たしかに年輪を感じさせますね。
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2015年7月のアクセス件数ベスト10

2015年7月の当ブログの記事へのアクセス件数ベスト10を発表します。
今月は鉄道以外の記事が2件入りました。うち1件は8年弱前、もう1件は6年弱前のものです。
京成関連の記事がトップだったものの、7月に長野に行ったこともあり、長野エリアに関する記事にアクセスが多かったのも特徴です。

1.かつて、東中山で折返しが行われた形跡
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-61f1.html

 2.長野で郵便も荷物も輸送しないクモユニ143を撮る
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-f782.html

 3.Русский и румынский паб(ロシアルーマニアパブ)
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-5db6.html

 4.元東急車、現・長電車の8500系を撮る
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-06d3.html

 5.元東急車に善光寺下→須坂間を乗車。スノーモンキーともすれ違い。
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-6179.html

 6.混雑するほどの乗客がいたの?この日の新宿さざなみ
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-6494.html

 7.民法731条、733条、772条、777条は憲法違反?
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_636a.html

 8.元東急車に善光寺下→須坂間を乗車。朝陽からは単線。村山で交換
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-c1d8.html

 9.JRの蘇我駅での撮り鉄の魅力は何?
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-ac72.html

 10.薄暗き善光寺下駅
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/07/post-a7c0.html

鉄道記事以外に

19位に
殺人鬼・神田司の死刑確定!堀慶末と川岸健治も極刑にせよ!
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-ca95.html

が入りました。

「ゆけむり」「スノーモンキー」「まっこうくじら」揃い踏み

長野電鉄の須坂駅の陸橋を渡って、車庫の近くまで行っていました。

「ゆけむり」「スノーモンキー」「まっこうくじら」を撮りました。

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かつての小田急の10000形、すなわち特急「ゆけむり」の1000系はちょっと隠れてしまいましたが。

かつては別々の会社の線路の上を走っていたもの同士。今は同僚ですね。

それにしても、須坂はやはり長野県ですね。近くにはリンゴの樹が植えられていました。実はまだ青いです。

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電車がいっぱいの須坂(その2)

長野電鉄の須坂の車庫の風景です。

上2つは陸橋から、下2つはホームから撮りました。

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今の長野電鉄にはオリジナル車両は走っていません。他社のお古です。

営団地下鉄(現・東京メトロ)、東急、小田急、JR東日本のお古ですね。

長野電鉄の運転手さんにとっては、どの車両が運転しやすいのでしょうか?

長野電鉄の車両の保守・修繕担当の人にとっては、どの車両が修理・点検しやすいのでしょうか?

電車がいっぱいの須坂(その1)

先日、長野に行く用事があり、そのついでに長野電鉄で須坂まで行ってきました。

須坂には、長野電鉄の電車区もあるだけに電車がいっぱいいますね。

これは、下り電車から撮ったものと、降りた直後にホームから撮ったものです。

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かつての営団地下鉄(現・東京メトロ)日比谷線の「まっこうくじら」こと3000系、つまり長野電鉄の3500系ですが、
どの車両が廃車になったのか、どの車両がまだ稼働しているのか、ちょっとわかりにくかったですね。

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