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2015年3月

Короткий разговор с русской которая работает в сторовой(食堂で働くロシア人女性との短い会話)

Однажды я ужинал в сторовой.
(ある日、私は食堂で夕食を取りました。)

Я нашёл одну инностраную женщну которая работала.
(私は一人の働いている外国人女性を見つけました。)

Я видил её личный знак,и я узнал что она русская.
(私は彼女の名札を見て、彼女がロシア人であることがわかりました。)

Я спросил её 《Вы русская?》.
(私は彼女に「あなたはロシア人ですか」と尋ねました。)

Она ответила по-японски  《Хай содэсу(Да)》.
(彼女は日本語で「はい、そうです」と答えました。)

Я похвалил её 《Вы хорошо говарите по-японски》.
(私は彼女を「あなたは日本語を上手に話しますね」とほめました。)

Она улыбчиво опять ответила по-японски  《Аригато гозаймасу(Спосибо)》.
(彼女はにこにこして、再び日本語で「ありがとうございます」と答えました。)

Я говарил по-русски и она говарила по-японски.
(私はロシア語を話し、彼女は日本語を話しました。)

Я не знаю почему она приехала в Японию.
(私は彼女が何故、日本に来たのか知りません。)

Но я желаю ей успеха.
(しかし、私は彼女の成功を祈ります。)

↑↑↑↑↑
Извините,я знаю только около ста русских слов.
Если бы вы нашли орфографические или грамматические ошивки указайте,пожалуйста,их.
(すいません、私は約100語のロシア語しか知りません。もし綴り字または文法の間違いを見つけたら、どうか指摘してください)

日本人の私がロシア語を話し、ロシア人女性が日本語を話すという変な会話でしたが、僅かながらロシア語を知っている私にとっては、ロシア人と会話できたのはよかったと思います。
このロシア人女性にとっても、周りが日本語を話す環境下で、たとえへたくそでも故国の言葉のロシア語を聴けたことは嬉しかったのかな?
「ロシア語(Русский язык)」という詩を作詞したツルゲーネフ(Тургенев)の気持ちや、「ふるさとの訛り懐かし停車場に・・・・・・」という短歌を詠った石川啄木の気持ちが何となくわかるような気もします。

おお危険も危険!感電死の危険もあり!丸ノ内線・赤坂見附で線路内に人が立入り!

東京メトロの丸ノ内線の赤坂見附で、何と、線路内に立ち入った人がいたそうですね。

そのために電車は1時間程運転見合わせになったようです。丸ノ内線だけでなく、銀座線も影響を受け、一時運転見合わせになったとか。

http://news.biglobe.ne.jp/domestic/0322/ym_150322_0310784308.html

赤坂見附は銀座線と丸ノ内線とが同じホームで乗り換えることのできる駅だから、銀座線にも影響が出たのですね。

それにしても、線路内に立ち入ることは、電車に跳ね飛ばされる危険性がありますが、丸ノ内線と銀座線の場合は、感電死する危険性もありますね。

どちらもパンタグラフがない代わりに、第三軌条集電方式、つまり線路脇の第三のレールから電気を供給して走っていますからね。

どんな理由で立ち入ったのかわからないけど、感電死しなかっただけでも幸運と思うべきですね。

ラーメンのみにあらず。いもフライも佐野の名物。ソースも大事。

栃木県佐野市といえば、ラーメンが思い浮かびますが、「いもフライ」も忘れてはいけませんね。

先日、佐野に行った時、厄除け大師でのお参りを済ませた後、その近くの店で「いもフライ」を買って食べました。

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1本100円です。手軽に食べられますね。あと、どんなソースを使うかによって、うまさを左右するようですね。

S字カーブを描いて館林進入の特急「りょうもう」

東武伊勢崎線の下り電車が館林に進入する時は、S字カーブを描くのですね。

これは特急「りょうもう」が館林に進入するところです。

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特急「りょうもう」も館林で降りる人が結構多いですね。そして館林-赤城間内を乗車する人は少数ですね。

この電車がまだ急行だった時代で、52年前の1963年までは上毛電鉄の中央前橋まで乗り入れていたそうですね。

北陸新幹線開業初日、グランクラスは満席。勝ち組の利用者が多かった?

東北新幹線のE5系に続き、北陸新幹線E7系、W7系にもグランクラス車があります。

庶民には縁なき車両、大金持ちのための車両、アベノミクスやそれ以前に行われた格差拡大の経済政策の勝ち組のための車両というイメージがありますが、北陸新幹線の初日は売れ行きがよかったのでしょうか?

17:28の時点で、18:04発の「はくたか」573号は残席僅か、18:24発の「かがやき」515号、18:40発の「はくたか」575号は満席でした。

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この日は格差拡大の経済政策の勝ち組の利用者が多かったのかな?ただ、18席しかないですけどね。

JR東日本

北陸新幹線の初日、東京駅にて(12分で折返し。はくたか568号→かがやき513号)

またまた北陸新幹線初日の東京駅の光景です。

17時12分に金沢からの「はくたか」568号が到着します。

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折返しは17時24分発の「かがやき」513号です。

僅か12分しかありません。ということは、ダイヤが乱れた時、「はくたか」568号は上野か大宮で運転を打ち切り、「かがやき」513号は上野または大宮始発に変更されることもあり得るのでしょうか?

12分の停車中の間に、一瞬、JR東海の700系と並びます。こちらは回送でした。だけど、この金網、JR東海とJR東日本との縄張りの境界線だということを強調しているかのよう。

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そして17時24分。「かがやき」513号は金沢に向けて発車しました。途中長野で先行した「はくたか」571号を追い抜きます。金沢には25分先に着くのですね。

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北陸新幹線の初日、東京駅にて(はくたか571号)

北陸新幹線が開業した初日、私は東京駅に撮影に行きました。

下の写真は東京17:08発の「はくたか」571号です。

これは、長野発の「あさま」620号の折り返し便です。

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この電車は軽井沢から先は各駅に停車します。そして後続の17:24発の「かがやき」513号に長野で抜かれます。

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思い出せば1965年から1969年まで、特急「はくたか」と「あさま」は上野-長野(一部・直江津)間を同じ線路を走っていましたね。あの時の「はくたか」は80系ディーゼル特急、「あさま」は181系ボンネット型電車特急でした。

JR東日本

北陸新幹線開業初日、東京駅にて(「新幹線ぼうろ」を買いました)

北陸新幹線開業の初日、私は東京駅で「はくたか」や「かがやき」を撮影しました。

そのついでに「新幹線ぼうろ」なるお菓子を見つけたので、衝動買いしてしまいました。

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箱はJR東日本ではなくJR西日本のW7系を模した形のものでしたが、中身は普通のぼうろでした。

この箱は知り合いのご子息が鉄道好きなので、その子にあげました。

だけど、北陸新幹線開業を機に、羽二重餅やひっぱり餅、金箔入りのお茶、治部煮などの業者がバンバン首都圏に売り込みに来てほしい気もします。

北陸新幹線開業初日、東京駅にて(かがやき511号)

北陸新幹線が開業した初日、私は東京駅に撮影に行きました。

下の写真は東京16:24発の「かがやき」511号です。

まず、回送で入線します。

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発車時刻を待っている時、10番線には東海道線というか、上野東京ラインの電車が到着し、発車していきました。

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そして「かがやき」511号は金沢に向けて出発です。写真を撮りに来ているがたくさんいたこともあって、「危ないですから、黄色い線の内側に下がってください」の放送が繰り返されました。

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金沢までの停車駅は、上野、大宮、長野、富山のみですね。

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人生には楽しいこともあれば、辛いこともあります。かつて岡村孝子さんの「輝き」という歌を聴いたことのある者としては、いつの日もかがやきを忘れないようにしたいものです。
https://www.youtube.com/watch?v=CTRvYMCFqws

JR東日本

北陸新幹線開業初日、東京駅にて(はくたか569号)

北陸新幹線が開業しましたね。

私も開業初日、東京駅で撮影しました。

これは東京15:56発の「はくたか」569号です。

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発車時、10番線には常磐線の電車が入って来ました。今回のダイヤ改正で上野東京ラインを走り、品川まで乗り入れるようになりましたね。

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そして、「はくたか」569号は、金沢に向けて走り去って行きました。

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「はくたか」といえば、かつては上野-金沢間を結ぶ80系ディーゼル特急でした。特急白鳥から独立するような形で登場しましたね。当時は長野経由だったので、碓氷峠をEF63の力を借りて越えました。

その後、長岡経由の485系電車特急になり、上越新幹線開業とともに、一旦消え、北越急行開業で越後湯沢-金沢間の特急として再登場し、そしてついには新幹線の列車となりましたね。

思えば、「はくたか」号が軽井沢、長野ルートを走るのは1969年以来、なんと46年ぶりのことですね。「はくたか」は、国鉄時代からの歴史のある列車名なのです。

JR東日本

さようなら寝台特急「北斗星」。お古で始まり、さらに古くなって。

ついに寝台特急「北斗星」も定期の運転を終了しましたね。

最終日は大混雑が予想されたので、私は2日前に上野に撮影に行きました。

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1988年に登場した寝台特急「北斗星」ですが、当初から他で使っていたお古をかき集めて走らせた列車ですが、機関車はEF81からEF510に変わったものの、客車は新製車両を投入されることもなく、終了してしまいましたね。結局この列車はお古で始まり、さらに古くなって終わったのですね。確かに車両には疲れが見えました。

それでも一時期は1日3往復走った時期もあり、さらに「エルム」と名乗った臨時寝台特急も走ったりしましたが、やがて本数を減らし、1往復になり、ついには廃止ですね。

時の流れとはいえ、寂しいものがあります。

JR東日本

館林で特急「りょうもう」浅草行きを撮る

東武伊勢崎線の「りょうもう」号は、1800系時代は急行でした。

全列車200系に置き換わると特急になりました。

その特急「りょうもう」浅草行きを館林で撮りました。

到着した時は、一瞬10000系と並びました。乗務員もここで交替します。

2015031401そして出発しました。

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かつては一部を除き、館林→北千住間ノンストップが当たり前だった「りょうもう」も今では東武動物公園には全列車、羽生、加須、久喜にも一部の列車が停まりますね。

特急「あやめ」も廃止。房総特急に未来はない?

3月14日のダイヤ改正で、ついに特急「あやめ」も廃止になるのですね。

この写真は千葉で撮ったものです。

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「すいごう」がなくなり、「あやめ」もなくなり、生き残った房総特急も本数を減らしたり、運転区間を短縮されたり。

このまま房総特急は改正の度に本数を減らし、やがては全廃になるのでしょうか?

かつて新宿・両国と房総半島を結んでいたディ-ゼル急行「犬吠」「水郷」「外房」「内房」が走っていた頃を記憶しているものとしては寂しいものです。

やはり今の房総特急は魅力がないのでしょうか?ニーズに応えていないのでしょうか?JR東日本としては、何も手を打たないのでしょうか?房総特急に未来はないのでしょうか?

房総半島を車社会、車ばかりの地域にして、自然環境的に問題が起きないのでしょうか?

今から15,6年前のことですが、房総半島にバスツアーで行ったことがあるのですが、道路が大渋滞して予定よりも3時間遅れになってしまった記憶があります。

鉄道利用客を増やすことは、単にJR東日本の儲けになるとか、ならないとかいう問題ではなく、地球環境、自然環境にとっても重要なことと思います。

train tulip cancer cat aries

当ブログは、子ども達から広場と青い空と夢を奪う高速道路無料化と過度な車偏重の交通政策に反対します。

佐野でパンタグラフが特徴的な850形を撮る

先日、佐野で東武佐野線の850形を撮りました。館林寄り先頭車の前方にパンタが取り付けられているのが特徴的ですね。「850系」とは言いません。東武の車両は殆どが「○○」系というのに、800と850は「形」です。

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とはいっても、8000系の仲間のような車両ですね。

8000系は偶数編成で走るのに、800形と850形は3両という奇数編成です。

小泉線は8000系2両なのに、佐野線は850形3両。東武佐野線では、2両だと輸送力不足で、4両だと過剰になるのでしょうか?

さようなら旧赤電!さようなら3300形!(その6・・・3500形と共に大赤字時代を乗り切り)

2月28日に京成の名車、旧赤電の3300形が引退しました。

下の写真は1月に京成津田沼で撮ったものです。

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思えば、3300形の次に登場したのが3500形でしたね。

3500形は京成初の冷房付通勤車でした。その頃の3300形はまだ非冷房車でした。ただ、その3500形も当初は都営地下鉄浅草線内は冷房を切らざるを得ませんでした。

3500形が3300を始め、初代3000-3200形を抜くこともあれば、その逆もありました。

そしてこの2形式は、京成が大赤字に陥った時代から走っている車両ですね。

あの頃は京成も「倒産するのでは?」とさえ言われました。

でも立直りましたね。京成が立ち直ったことで、この2形式も生き延びました。そして、車両も更新されました(3500形には一部、更新されなかったものもありますが)。

いずれにせよ、この2形式は、倒産寸前の大赤字時代を乗り切った車両ですね。

3300形が去り、次に去るのは3500形の非更新車でしょうね。いつになるかは、今後の京成の車両製造計画次第でしょう。

佐野で湘南色115系を見て思い起こすこと

先日、佐野の東武佐野線ホームからJR両毛線の湘南色の115系を撮りました。4枚の写真は、佐野に到着してから、発車するまでのものです。

首都圏では見られない湘南色の115系も、両毛線ではまだ走っているのですね。

ただ、走っていられるのもそう長くはないと思いますが。

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115系に限らず、湘南色については113系、153系、165系の思い出があります。

かつては、東海道線や東北線、高崎線でも見ることができましたしね。

どれも国鉄時代からJRに掛けて活躍した電車ですね。

湘南色の115系は、スキーシーズンには臨時急行にも運用されたこともありましたね。

さようなら旧赤電!さようなら3300形!(その5・・・涙の演出)

ついに京成の名車でもある旧赤電の3300形が引退してしまいましたね。

最後は臨時特急として運転されましたが、成田寄りの先頭車は「成田山」のヘッドマークを付けていたのに対し、上野寄りの最後尾は「さよなら3300形」というステッカーを貼り、さらに涙のシールまで貼ったのですね。

まさに涙の演出ですね。

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3300形を始め、初代3000形、3100、3200と、かつての京成の赤電には幼い頃からの思い出があります。幼稚園生の時、お絵かきの時間に赤電を描いた記憶もあります。あの時代は谷津遊園もありました。

さようなら、3300形。さようなら、旧赤電。さようなら。

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さようなら旧赤電!さようなら3300形!(その4・・・八千代台発車を撮る)

ついに京成の名車でもある旧赤電の3300形が引退しましたね。

最終日の2月28日は臨時特急で飾りましたね。

私は八幡→八千代台間のみを乗車しました。

これは、八千代台を発車するところです。

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4両×2の8両編成で最後を飾りましたね。

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かつての京成は優等列車ですら4両編成で走っていた時代もありましたが、沿線人口の増加や、京成の努力で乗客も増えましたね。

この車両も優等列車として活躍したこと、都営地下鉄浅草線や京浜急行線に直通いたこともありましたね。

「系」ではなく「形」。佐野で850形を撮る

佐野は東武佐野線とJR両毛線の乗り換え駅でもありますね。

先日、夕暮れ近くの佐野で、東武佐野線の850形葛生行きを撮りました。

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他の東武車両は「○○系」と名乗るのに、800と850は「形」ですね。

そして他の東武車両と異なり、800形と850形は3両編成、すなわち奇数編成ですね。

これは元8000系だったけど、8000系時代は偶数編成でしたね。

佐野線沿線にある北館林解体所では8000系が次々と解体されていきますが、800形と805形はいつまで走っていられるかな?

さようなら旧赤電!さようなら3300形!(その3・・・京成と八千代市との縁を考える)

この写真は、旧赤電の3300形の最後の営業運転である臨時特急が八千代台に着いたところです。

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八千代台は京成バラ園に行くための下車駅でもありますね。モーニングライナー、イブニングライナーもこの駅に停まりますね。

この電車が赤電またはファイヤーオレンジだった頃、この八千代台から東中山行きの通勤特急・特急が走っていました。青電も運用されたこともあったそうですが、この電車も使用されたこともあったのかな?

京成電鉄にとって八千代市民はお得意様的な存在ですね。

3300形が登場して間もなく、京成は大赤字に陥りました。倒産の危機すらありました。でも立ち直りましたね。

京成が倒産寸前の大赤字から脱出できたのは、京成社員の努力も当然あったと思いますが、八千代市民の存在も大きかったのではないでしょうか?

通勤客が船橋で国鉄・JRに乗り換えてしまう人が多いとはいえ、八千代市民が京成を利用する区間、京成を必要とする区間があることも大きいと思います。

だから私はシティライナーが八千代台に停まらないことは、お得意様のニーズに応えていないことだと思いますね。

3300形は京成の大赤字時代とそこから立ち直った過程の証人でもあります。その車両の引退は寂しいものですね。

さようなら旧赤電!さようなら3300形!(その2・・・特急らしさの演出?定期の快速を抜く)

旧赤電の3300形ですが、結局のところ、ひな祭りを待たずに引退したのですね。

最終日の2月28日に臨時特急としての運転が最後になりましたが、京成もその引退する3300形に少しでも特急らしさを演出させようとしたのか、津田沼で何と、定期の快速佐倉行きを追い抜きました。抜かれた快速は3600形でした。

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今は、通勤時間帯に快速特急が快速を佐倉で追い抜くことはあっても、それ以外の時間帯では特急が快速を追い抜くことはありませんね。

この3300形が特急に運用されていた時代は、八千代台で特急が急行を追い抜くこともありました。それ以外にも市川真間、津田沼、佐倉でもあった記憶があります。

2015年2月のアクセス件数ベスト10

2015年2月の当ブログの記事へのアクセス件数ベスト10を発表します。
6ヶ月ぶりにJRの記事がトップになりました。
鉄道記事独占にはなりませんでした。5年前のアップした西船橋のロシアルーマニアパブの記事へのアクセスは減ることはありません。

1.武蔵小杉に停まる成田エクスプレスを見て思うこと
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-6ecb.html

2.「中央線にグリーン車導入は非現実的?」と思っていたけど、導入することに!
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-e2b5.html

3.八千代台で撮った3001編成から思うこと
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-386f.html

4.館林で撮った8000系と800形
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-ae2a.html

5.この日の快速特急西馬込行きは3600形ではなく、3700形
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-f93b.html

6.川崎でE233系と205系を撮る
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-e963.html

7.スペーシア、「COMPARTMENT」と「GREEN CAR」
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-4450.html

8.京成の特急と快速特急
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-805a.html

9.Русский и румынский паб(ロシアルーマニアパブ)
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-5db6.html

10.100周年を迎えた東上線を走行できたことが、最後の花だった?北館林に留置されていた8000系
http://http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-f37d.html

鉄道以外には
17位に
美人ランナー(土井杏南選手、北風沙織選手、市川華菜選、渡辺真弓選手、藤森安奈選手)の活躍に期待したい
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-95ff.html

24位に
故・武原英子さんと鉄道と昭和初期の娘の身売り
http://stoyachi.cocolog-nifty.com/blog/2012/12/post-2537.html
が入りました。

今年は世界陸上競技選手権大会があるのですね。この5人美人ランナーの活躍に期待したいものです。
武原英子さんは、亡くなっても一定の人気はあるのでしょうか?美人でしたしね。

さようなら旧赤電!さようなら3300形!(その1・・・京成八幡から乗車する)

ついに京成の名車でもある旧赤電の3300形が引退ですね。

いつかはこういう日が来るとはいえ、幼い頃の思い出のあるかつての赤電の完全消滅は寂しいものです。

最終日は臨時特急で飾りましたね。

私も八幡→八千代台間のみを乗車しました。

京成八幡は10時49分発でしたが、この日、先行の快速佐倉行きが安全確認を行った影響で、八幡には2分遅れで到着しました。

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ヘッドマークが似合いますね。

さようなら旧赤電!さようなら3300形!

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