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小田急昔の準急、今の準急

小田急線の代々木上原-梅ヶ丘間の複々線化が未完成だったころ、区間準急という優等列車なのか否かわからないような種別がありました。

そして今の小田急線の準急も優等列車なのか否かわからないような存在ですね。

何故なら複々線区間を特急や急行と同じ線路を走るのではなく、各駅停車と同じ線路を走るから。

写真は梅ヶ丘で撮ったJRのE233系の準急成城学園前行きです。

経堂からは各駅停車ですね。

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新宿ー向ヶ丘遊園間の準急の停車駅がほぼ同じだった時代(経堂に停まるか停まらないかの違い。その経堂も朝夕は通過。東京メトロ千代田線直通準急も通過)を知る者としては、格が落ちたようにも思えるし、沿線住民のニーズにこまめに応えるようになったようにも思えますね。

そして今、新宿発着の準急はないのですね。東京メトロ千代田線に直通するものだけですね。

小田急としても、どうすれば利用客のニーズに応えられるのかをいろいろ試行した結果というべきでしょうか?

あと、1960年代には快速準急とかいう種別の列車も走っていた記憶があります。

E235系に追われた後、生き残れるE217系はどのくらい?

これは2ヶ月前に本八幡で撮ったものです。

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113系を置き換えたE217系もいよいよ置き換えられる番ですね。

70系が走っていた横須賀線の時代、すなわち国鉄時代から記憶している者としては、本当に時の流れを感じますね。

後継車両のE235系も練習運転に入っているそうですね。

来年の春から本格的に営業運転でしょうか?

JR東日本って、車両を入れ替える時は、あっという間に入れ替えるから、こういう光景が過去のものになるのも数年以内でしょうか?

E217系の中にもまだ他線で使えそうな車両もあるのではないでしょうか?

211系よりは新しいからその置き換えに使えるでしょうか?

外国に譲渡できそうなものもあるのでは?

地方私鉄で引き取ってくれるところはあるのでしょうか?

E235系に追われた後、生き残れる車両はどのくらいでしょうか?

梅ヶ丘で小田急の伝統的お家芸編成を撮る(1000+3000)

これは1ヶ月弱前に梅ヶ丘で撮ったものです。

1000形と3000形の異形式の併結運転の各駅停車新宿行きです。

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この両者、製造されたのが12、3年ほど差がありますね。

1000形はかつては東京メトロ千代田線にも直通運転していましたね。今は地上専用車ですが。

3000形は元々地上専用車ですね。

3000形は小田急にとっては2代目。初代は特急ロマンスカーでしたね。

小田原、箱根湯本方面と藤沢、片瀬江ノ島方面の急行が新宿ー相模大野間を併結運転していたのは昔の話。

それがなくなっても、小田急の伝統的お家芸でもある異形式の併結運転はまだまだ残っていますね。

疫病退散祈願後の京成3700形撮影

京成八幡駅から徒歩5,6分のところに葛飾八幡宮があります。

何やら平安時代からの歴史があるそうです。

その葛飾八幡宮に「疫病退散」ののぼりが立っていました。

2ヶ月前、この葛飾八幡宮でコロナウイルスという疫病退散祈願をした後、京成の3700形を撮りました。

これは特急成田空港行き。

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先頭に「3841」の数字が見えますが、3800形ではありませんね。

3800番台も3700形の仲間ですね。

🌕

こちらは特急上野行きです。

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3700形は都営地下鉄浅草線や京浜急行にも直通運転できますね。

 

 

17000系に追われた後の7000系は?インドネシア?地方私鉄?廃車?

これは東京メトロ有楽町線の新木場で撮ったものです。

7000系も1,2年以内でなくなるのですね。

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東京メトロだけでなく、西武池袋線や東武東上線にも直通運転しましたね。

この後継車は17000系ですね。

https://www.tetsudo.com/report/264/

7000系の仲間の中にはインドネシアで活躍しているのもあるのですね。

17000系に追われた後、インドネシア等の外国に譲渡される車両はどのくらいでしょうか?

日本国内の地方私鉄に譲渡されるのはどのくらいでしょうか?

やむなく解体される場合は北館林でしょうね。

東武東上線経由で寄居まで回送され、秩父鉄道経由で伊勢崎線の羽生に出て、そこから北館林かな?

長い間、お疲れ様でしたと言いたいです。

 

日中の快速特急。京成八幡にて

これは2ヶ月前に京成八幡で撮ったものです。

快速特急成田行きです。

3028編成です。

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快速特急と特急の違いは佐倉ー成田間ノンストップか各駅停車かの違いですね。

以前は日中は快速特急を見ることができませんでした。

でも、今は40分に1本の間隔で見ることができますね。

だけど、京成は快速特急、特急、通勤特急、アクセス特急と「特急」と名の付く種別が4つもあるのに、急行はなく、快速があるのですね。

北総鉄道には急行はありますが、今の京成にはなんで急行はダメなのかなあ。

秋山川氾濫で流された橋

栃木県佐野市には秋山川が流れています。

これは2018年11月に撮ったものです。

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これは2020年6月に撮ったものです。

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よく見ると、橋が両端を残して、なくなっていますね。

昨年の台風19号で流されたのでしょうね。

昨年の台風19号で秋山川が氾濫し、佐野市内も大きな被害を受けたとは聞いていたけど、橋をも流してしまう程だったのですね。

これは斜めから撮ったものです。

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これは橋の片側から撮ったものです。

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これは1,2枚目とは反対側から撮ったものです。

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これらは6月の時のものです。

今はどうなっているのでしょうか?

普段は流れ穏やかな秋山川も台風が来れば、怖い存在なのですね。

やっぱり3050形も3000形の仲間だよなあ・・・

これは、2ヶ月前に京成八幡で撮ったものです。

3000形の特急が来たな、と思いました。

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でも3050形でした。3051編成でした。

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かつては青いラインの塗装だったのに、今や3000形と同じ塗装ですね。

というか、3050形も3000形の仲間、3000形の7次車ですね。

ただ、それまでが他の3000形と異なり、今は同じ塗装になったゆえに、

やっぱり3050形も3000形の仲間だよなあ・・・

と感じた次第です。

1970年代の名残。京成八幡で3500形を撮る

2ヶ月前に京成八幡で撮りました。

3500形の各駅停車上野行きです。

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3500形は70年代の京成の象徴ですね。

京成にとっては、初のステンレス使用車、初の冷房搭載の通勤車ですね。

ただ、当初は地下鉄線内では冷房を切らざるを得ませんでしたね。

あのころは吊り掛け車の青電も走っていました。

初代3000形の赤電も走っていました。

そして70年代の京成といえば、倒産の危機すらあった程の苦しい時期でもありました。

この車両も数を減らしていますね。

かつては都営浅草線や京浜急行まで直通運転していましたが、今は京成線内のみですね。

あとどのくらい走っていられるのでしょうか?

JRE233系に気を取られていたら、VSEが

これは梅ヶ丘で撮ったものです。

JRのE233系が入ってきたので撮りました。

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ところが、これに気を取られていたら、VSE・50000形が通過しました。

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そして抜いて行きました。

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JRの車両が小田急線を走るようになって、もう4年経ちますね。

小田急の4000形もJR常磐線を走りますね。

かつてはJR-東京メトロ-小田急と3社に跨がって運転できるのは、東京メトロ車だけでしたね。

京成の車両が都営浅草線を経由して京浜急行まで直通できる、

京急の車両も都営浅草線を経由して京成まで直通できる、

東武の車両が東京メトロ半蔵門線を経由して東急まで直通できる、

東急の車両も東京メトロ半蔵門線を経由して東武まで直通できる、

東武・西武の車両が東京メトロ副都心線を経由して東急まで直通できる、

東急の車両も東京メトロ副都心線を経由して東武・西武まで直通できる。

このような状況に影響されてか、JR東日本も小田急も3社直通できないか、長年検討と問題解決を繰り返してきた結果でしょうか?

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